短編小説1

□13日の金曜日
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毎週金曜日、わたくしの大好きなご主人様の元に、ご主人様の大好きな方がいらっしゃいます。

見事にスーツを着こなすその殿方は、お美しいご主人様ととてもお似合いだと思うのです。

わたくしはご主人様が大好きです。
ご主人様の大好きな方も、大好きです。

そして、お二人の幸せそうな姿は、もっともっともーっと、大好きなのです。

だからこそ、わたくしは金曜日が待ち遠しいので御座います。

…………ですが。

ご主人様の大好きな方は、わたくしの唯一の天敵を連れて来るのです。

ねずみ?

いいえ、そんな可愛らしいものでは御座いませんわ。

殿方は、毎週金曜日。

わたくしの大嫌いな黒猫を連れて来るのです。




















『13日の金曜日』




















ぴんぽーん。

週末は、金曜日。
時刻は午後8時を過ぎようとした頃、わたくしとご主人様の寛ぐ部屋にチャイムの音が鳴り響きました。

わたくしは腹這いになっていた体を素早く起こし、ご主人様を見上げます。

「啓介くんかな?」

ご主人様は幸せそうに目を細めたまま、わたくしにそう問い掛けて下さいました。

わたくしはそれに猫らしく『にゃお』と返事をしてから、玄関へと足を向けます。
啓介さまをお迎えしなくてはなりませんから。

ぴんぽーん。

「はいはーい、ちょっと待って下さいねー」

まるで待ちきれないかのような、二度目のチャイム。
いつもより明るいご主人様の声。

わたくしまで嬉しくなってしまいます。

ガチャリ。

頭上でご主人様がドアの鍵を開ける音がしました。
それから、ドアを開ける音も。

「こんばんは。一週間ぶりだね」
「いらっしゃーい。……なんか痩せた?大丈夫?」
「いやぁ、今度のプレゼンの準備がなかなかハードでさぁ……って、それより!やっぱり美樹ちゃん引っ越しなよ、ちゃんとオートロック付いたとこに!危なっかしくて仕方ないよ」
「話をはぐらかさない!まぁ良いか……、とりあえず入って、鍋だよ鍋」
「良いね!冬は鍋だよね!」

ドアを開けたまましばらく話し込んでらしたお二人だけど、どうにか話はまとまったみたい。

ご主人様は啓介さまの荷物を受け取り、啓介さまは玄関でお履き物を脱いでらっしゃいます。

そんな、最中。

わたくしの視線はご主人様がお持ちになっているペットゲージに釘付けになってしまいます。

なぜならば。

そのゲージには、わたくしの天敵……悪魔の申し子が入っているからです。

……出て来なきゃ良いのに。

そんな邪悪な考えが頭を掠めた、その時でした。
すっかりリビングへと足を進めたご主人様が、その口をお開きになったのです。

「啓介くーん、リクくん出してあげても良いかなー?」
「俺は構わないけど……大丈夫かな?コモモちゃん嫌がらない?」
「そんなわけないよー、ねぇ、コモー?」

そんなわけ御座いますわ!
いけません、ご主人様!

その悪魔を野ざらしにするなんて、馬鹿なことはおやめになって下さいまし!

「ほら、みゃーみゃー鳴いて嬉しそうじゃない!コモはリクくん大好きだもんねー?」

大好きなんかではありませんわ!
目をお覚ましになって、ご主人様!

「そんなに鳴かなくったって、出してあげるわよー。ほら、出といでリクくーん」

……分かっていますわ。

例えどんなに一生懸命話し掛けようと、人間の耳には『にゃあ』としか聞こえてないことくらい。

分かっていますわ!

でもたまに、ご主人様はわたくしの言い分を分かって下さるのです!
どうしてそれが今じゃないのでしょうね!

猫生、甘くありませんのね!


 
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