短編小説1
□不言関白
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宣言せずに関白する。
それがあいつのステータス。
『不言関白』
あたしの朝は早い。
なぜなら、寮で同室の“名前を呼んではいけないあの人”より早く起きねばならないからである。
「…………ハッ!」
ほぼ日常と化した、目覚まし時計無しの5時30分起床。
あたしの意識は“浮上”とか生ぬるい言葉では表現出来ないくらいのスピードで覚醒する。
ところで。
どうして目覚まし時計無しかって?
そりゃ寮の同室の、隣のベッドで眠る“その人”を起こしちゃいけないからですよ。
いや、起こしちゃいけない云々よりも、目覚ましのけたたましい音でそいつの機嫌を損ねたりなんかしたら、あたしの命は確実に無い。
命を無くすか、目覚ましを無くすか。
……目覚まし時計なんかこの世から消えちまえ。
「…………」
息を潜めたまま、シーツの擦れる音さえ立てないようにベッドから抜け出れば、朝の冷たい空気があたしを包み込んだ。
さむ、とか呟きたいけど我慢。
前に『鼻息がうるさい』とか言って起きられたことがあるから。
お前はどんだけ眠りが浅いんだ。
「…………」
息を詰めたまま、手早くパジャマから制服に着替える。
髪はあとで梳かそう、そう思って振り返れば。
薄暗い部屋の中、ベッドの中で人形のように眠る同室の少女。
……すいません、あたし今嘘吐きました。
まぁ、どこが嘘だったかは後で話します。
とにかく。
同室のその“名前を呼んではいけない(略)”は寝息一つ立てずに、普段は高飛車な瞳を閉じて眠っていて。
長い睫が頬に影を落としていた。
美人は寝てても美人ってか。
憎らしいほど美人なそいつは……っていうか、“美人”ってことを抜いても殴りたいくらい憎いんだけど、それは置いといて。
こいつとは、中学一年生の時から部屋が同室だ。
あたしとこいつは、とある全寮制の女学院に通っていて、同じ部屋になるのはこれで6年目。
つまり、あたし達は中学一年生から現在の高校三年生まで、ずっと同室なのである。
……こいつ絶対裏でなんかしてるよな。
見てろよ、そのうちバチが当たるから。
てゆーか、お前は確実に地獄行きだ。
「ならば貴様も道連れだな」
突然降り注いだ、凛とした声。
長いモノローグを強制終了させ、反射的に目の前の“そいつ”を見下ろせば。
“名前を呼んでは(略)”が、酷く楽しそうな目であたしを見上げていた。
「うぎやぁあぁぁッ!」
「うるさいぞ雌豚。近所に迷惑だろう。いくら愚民とはいえ同校に通う人間だ、安らかに眠らせてやれ」
その気遣いあたしにも欲しい。
悲鳴を上げてしまったのは反射だ。
てゆーか、まじで心の中読むのやめていただけませんかね、まじで。
「貴様の視線がうるさくて眠れん」
「えぇッ、視線がっ!?視線に音って、」
「私がうるさいと言ったらうるさいんだ、黙れ下賤が」
「……ぁ、はい……すいません」
「申し訳無いと思うなら死んで詫びろ。いや死ぬな、死ぬなら私の盾となり死ね。名誉だろう」
「…………」
本気で死について考え始めたくなったあたしの前で、とても寝起きとは思えないそいつはパッチリと開いた大きな目であたしを見つめる。
見上げられてるはずなのに、見下されてる気がするのは気のせいじゃない。
ポイント其の壱。
“見下ろす”じゃなくて“見下す”ね。
「この私を起こしてくれたんだ、さぞかし楽しいものを見せてくれるのだろうな?」
「……なにその無茶ブリ」
「それより昨日の晩何をしていた?私の制服を触っていただろう、気色悪い」
「あんたが『ボタンが取れた、貴様に付けさせてやろう』とか言うからだろ」