短編小説1
□灯台下暗し
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灯台下暗し。
あたしの未来も真っ暗よ。
『灯台下暗し』
目覚まし時計の無い生活も今年で6年目。
ということは、あたしの目覚めも“寝ぼける”ことを忘れたまま約5年もの月日を過ごしたのか。
「…………ハッ!」
一気に覚醒した意識。
太陽の光が差し込んでいない部屋の中は、まだまだ暗闇が支配している。
今日も元気に5時30分起床、相原馨です。
……ちくしょう寒い。
でも『寒い』とか呟けない。
なんで?
隣ですやすやと御眠りになっておられるであろう美少女風の男を起こしちゃいけねぇからですよ。
ぶるぶると震える体に鞭を打ち……ってこの表現、あたしと同室の人間が超好きそう。
あはははは、…………笑えない。
まぁとにかく、寝間着から制服に着替えたあたしは必要最低限の量の水を蛇口からチョロチョロと出して顔を洗い、歯を磨く。
いつもならそのあと寮の調理場を借りて二人分のお弁当を作るのだけれど、今日は調理実習があるからその必要も無し。
楽で助かるわー。
っていうか、今気付いたけどなんであたしがあいつの分のお弁当も作ってんでしょうね。
6年目で初めて疑問に思ったよ。
……慣れって怖い。
出来るだけ音を立てないように化粧をして、ボサボサの髪に櫛を通す。
さて、さっさと髪を結わっちゃいますか……と、そこであたしの手は止まってしまった。
なぜなら。
いつもならば、洗面所の小さな棚の上にあたしのヘアゴムはあるはずなのだ。
飾りっ気の無い二本のゴムが。
でも、それが無い。
おかしいなぁ……昨日って寝る前なんかしてたっけ?
いつもと同じように生活してたはずなんだけどなぁ……まぁそれが幸せなこととは限らないけれど。
とにかく、無いものは無いのだ。
仕方がないか。
あたしは棚の上にあった適当なヘアゴムを手に取った。
いつもツインテールにしてるから、本当は二本いるんだけど……贅沢は言っていられない。
あたしは髪を手早くポニーテールにして、洗面所から出た。
「やあ、雌豚。良い朝だな」
「うぎゃあぁあぁぁッ!」
いつもと変わらない日常。
今日もあたしの悲鳴で朝が始まる。
◇◇◇
異変を感じたのは、4限目の授業の準備をしている時だった。
「……あれ?準備しないの?」
4限目は家庭科の調理実習で、同じクラス……っていうか隣の席の道行とは一緒に料理する予定だったのだけれど。
家庭科室に着いても、道行は一向にエプロンを付けるなどの準備をしない。
……なんか今日機嫌悪くないスか?
「貴様如きが私に指図するのか」
「今日も絶好調ですね、道行くん」
「私はしたくないことはしない主義だからな」
「したいことはするよね。手段は選ばない感じに」
まぁここで『やれよ』と強要したところで、あたしの体と精神が粉々になるだけだからね。
華麗にスルーしますよ。
「それに、やりたくともやれんのだ」
「……なんでさ?」
「無いからな」
「……なにが?」
「昨日まではちゃんとあったのだが」
…………だから。
「なにが無いのよ?」
そう問い返しても、道行はもう返事をしなかった。
鬱陶しそうに肩に掛かった髪を払いのけて遠くを見つめるばかりだ。
「…………?」
その瞬間、あたしの頭はなにか小さな違和感を訴えたのだけれど……それが何かは分からなかった。
「なんだ?私の神々しき美しさに今頃気付いたか?あまり見つめてくれるなよ」
「…………」