短編小説1
□It is good!
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気が小さくて、自信が無くて、いつも自分の意見を言えないわたし。
そんなわたしの心の声を、あなたはいつも拾ってくれた。
でも。
これだけは、わたしの言葉で言いたいの。
『It is good!』
昔から気が小さくて、自分の発言に自信が持てないから声も小さくて。
更には、人より体も小さかったわたし。
何も言えなくて。
それでも、人の役に立ちたくて。
どうしようも無いわたしだけど、体くらいは強くしたいって思って、鍛えようと努力した。
まぁ実際、わたしは運動神経が壊滅的に悪かったから、運動は何一つ得意では無いけれど、でも。
ただ一つ、わたしにはとある特技がある。
……それがプラスのことだったら良かったんだけどなぁ。
「ゴルゥァア!まァたお前かぁあぁぁ!2年2組、山本さくらぁあぁぁッ!」
「はっ、はいぃぃッ!」
凄い声色で名前を呼ばれ、わたしはお弁当を食べる手も止めてほぼ反射的に振り返った。
そこには、声の主である作業着姿の青年。
わたしに向かって凄い剣幕で迫ってくる。
「やっと見つけたぞッ!」
ここはとある全寮制女学院の食堂。
窓際の席に一人で座り、持ち込みのお弁当を食べるわたしを見つけたらしいその青年は、仕事場である校庭から真っ直ぐわたしに向かって来る。
な、なにっ……!?
わたし、今度は何したのっ……!?
「山本さくら!」
「は、はいっ……!」
「お前は何ッ回うさぎ小屋を破壊すりゃ気がすむんだ!?ドアなら分かる!ドアならな!仕方ねぇから認めてやる!だがな!なんで屋根なんだ!?どこまで壊すんだお前はッ!どうやって壊すんだ!?むしろ聞きたいわ!」
「ぇ、あ……、あぁ!」
「あぁ、じゃねぇよッ!修理する人間の身にもなってみやがれ!」
合点のいったわたしの前で、憤りを抑えきれない様子の我が校の用務員、中村知佳さん……通称“チカさん”は荒い息を吐いた。
そうだ、わたし昨日うさぎ小屋を掃除してる時に屋根を壊しちゃったんだった……。
「今直して来たとこだけどな、そりゃあ酷いもんだったぜ?」
「ご、ごめ……な、さ……、」
「力のコントロールを学べ、山本さくら」
そう、わたしの唯一の特技。
馬鹿力。
……なんの役にも立たないどころか、いつもチカさんに迷惑掛けちゃうこの力。
大好きな人を困らせるのなら、こんなもの要らなかったのに。
「ご、ごめ……さい、ぃ、いつも、」
情けなくて、情けなくて。
涙が溢れた。
「わた、し、チカさん……に、」
蚊の鳴くような声、ってみんなが呼ぶわたしの声は、きっと嗚咽にかき消されて聞こえやしない。
でも。
「だぁーッ!泣くな!泣くなよッ!俺が泣かしたみてぇだろ!ぇ、あれ?俺が泣かしたのかッ!?まぁ良いとりあえず泣くなッ!」
「だ、だって……わ、わた、」
「分かってる!申し訳無ぇとは思ってんだよな!?分かってる!分かってるから泣くな!」
チカさんはいつも、声にならないわたしの言葉を拾ってくれる。
『ごめんなさい』
『ありがとう』
『いつもご苦労さまです』
そう言えば、チカさんはその日に焼けた顔に太陽みたいな笑顔を浮かべて、ありがとう、って返してくれる。
そんなチカさんが、わたしは好きだ。
ずっとずっと、中学部に入学したその日から好きだった。
植木の世話をする背中も。
ゴミの片付けをする背中も。
わたしの壊したものを修理する背中も。
全部全部、好きだった。
って全部背中じゃないか……。
どれだけストーキング行為を繰り返してるんだ、わたしは……。
でも。
真正面からなんて向き合えないよ。
こうやって叱られてる今だって、恥ずかしくて死んじゃいそうなんだもん。
「聞いてんのか、さくら!」
「……ふ、へッ!?ぇ、……は、はぃっ!き、ぃ、ますッ……!」
「嘘吐け完璧聞いてなかったろ今の!」
がみがみと罵声を浴びせかけながらも、チカさんはいつも優しい。
文句を言いながらも、いつもわたしの壊したものを完璧に修理してくれる。
……まぁ、それが仕事なんだろうけど。
ちらり、と見上げれば、チカさんのしっかりした首筋に汗が伝うのが見えた。
体力勝負のお仕事だから、チカさんは年がら年中、用務員さん用の作業着を腕捲りしてる。
細身ながらも、やっぱり筋肉質な体。
邪魔にならないようにと短くカットされた清潔そうな黒髪。
……ドキドキしてるのが、バレませんように。
「さくら!」
「ふ、ふわぁいッ!?」
「いい加減お前は人の話を聞け!……ま、今回は多めに見てやるけどな、今度何か壊したら修理手伝わせるぞ」
ぁ、それ良いなぁ……修理してる間は一緒に居られるし……。
靴箱でも壊してみようかなぁ……。