短編小説1
□It is good!
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「……お前なんか変なこと考えてねぇか?」
「ッ、……ぃぃぇ!」
「否定の声までちっちぇのかよ」
仕方無ねぇな、さくらは。
そう言って笑うチカさんの横顔に。
好きだなぁ、って日課のように思う。
好きだなぁ、って。
言いたいなぁ、って。
日課のように思う。
……でも。
告白しようと決めたのは中等部三年生の時。
わたしは今や高等部二年生。
……なにやってたんだ、わたしは。
言う!絶対言う、好きって!
むしろ今言っちゃう!
「ち、チカさん……ッ!」
「あ?なに?」
「……わた、わたし、すッ、」
「す?」
「す、すッ、す!」
「す?……酢?あぁ、これのこと?ってお前、弁当に酢の物入れんなよババ臭ぇな」
違う、好きなんです!
声にならないわたしの言葉をどう勘違いしたのか、チカさんは首に掛けたタオルで手を軽く拭ってからわたしのお弁当に入っていた酢の物をつまんで。
それを極自然的な動作で口に運んだ。
「ぁ、でも旨いわ」
違うんですってば!
好きなんです!
言いたいことはたくさんあるのに。
相変わらず、わたしの言葉は声にならない。
でも。
「良い嫁さんになるよ、さくらは」
……今日のところは、これで良いや。
チカさんの笑顔が眩しくて、誉められたことが嬉しくて。
それでも、やっぱり恥ずかしくて。
「し、失礼、しま、……す!」
真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、わたしは大急ぎで席から立ち上がろうとした……ら。
ガッコン!
冗談みたいな音を立てた食堂のテーブル。
見下ろせば、ものの見事にネジが飛んで、足が外れてた。
…………ぇ、え?
「山本さくらぁあぁぁァッ!言ってるそばからお前という奴はぁあぁァッ!」
「ご、ごめんなさいぃ……ッ!」
あぁ、もう……!
なんでこうなるのッ!
わたしは今日も、毎日の日課をこなす。
◇◇◇
うさき小屋のドア。
学校の靴箱。
教室のドアと壁。
寮のテーブル。
うさき小屋のドア(小さい方)。
校庭の花壇。
寮長である御神楽さんの自転車。
体育館の床と壁。
裏庭の藤棚。
跳び箱。
自室のドア。
うさき小屋の屋根。
食堂のテーブル。
……以上が、何を隠そう“わたしの壊したものリスト最新版”である。
そして、それを修理補修強化してくれているのが、他の誰でもない、中村知佳さんである。
…………いかんよね、普通に。
いかんいかん。
どげんかせんとね。
それは毎日肝に銘じているのですよ、力のコントロールをせよ、とね。
それでも不意に何かを破壊してしまうんですよ、どうしても。
正直ね、物を壊さないようにしよう、っていう目標は諦めつつあるんです。
5年近く頑張ったけど、駄目だったんだもの。
だから。
山本さくらは考えました。
どうすれば物を壊したとしても用務員さんに嫌われないか、と。
そして。
山本さくらは思い付きました。
「ぁ、あのっ……、」
食堂のテーブルを破壊した、次の日のこと。
全ての授業を終えたわたしは、真っ直ぐに校庭へと向かった。
チカさんに会うために。
でも、校庭にチカさんは居なくて。
散々探し回り、行き着いた裏庭。
春になればチューリップが咲き誇る花壇。
そこに、チカさんは居た。
「ん?……あぁ、さくらか」
風にかき消されてしまいそうな、決して大きいとは言えないわたしの声に、チカさんは当たり前のように振り返ってくれる。
少し土で汚れた頬に、意味も無くドキドキした。
あぁ、今日も素敵です……!
じゃなくて!
わたしは、胸に抱えた小さな包みをぎゅっと抱き締めた。
「ぁ、あの……、ぁ、あの、」
抱きかかえた包みの中には、昨日の夜に焼いたクッキーが入っている。
チカさんに嫌われたくなくて。
いつもお世話になってるお礼がしたくて。
でも、どうして良いかも分からなくて。
考えて考えて、一晩近く悩んだわたしは、明け方近くになってから『差し入れをしよう』と思い付いた。
怒られるのを覚悟で寮長の御神楽さんを訪ねて『調理場を貸して欲しい』とお願いしたら、御神楽さんは相変わらず人の良さそうな顔をふんわりと緩めて承諾してくれた。
頑張って、と声を掛けられたのは……なんだったんだろう?
まぁ、それは置いておくとして。
明け方近くから取り組んだクッキー作りは、朝食当番のクラスメートがやって来る頃に終わり、今こうしてわたしの胸の中に収まっている。
さっき給湯室で淹れたコーヒーも、しっかり首から下げた水筒に入っているし!
さぁ、あとはチカさんに食べてもらうだけ、……なのに。
「ぁ、あの……ぁ、あ、ぁの、」
「うん……?」
「あの、あのね、ぁの、ぁ……、」
「…………うん?」