短編小説1

□こどものかおした
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オンナの顔をした、その子供は。

今日も俺を惑わせる。


















『こどものかおした』


















それなりに名の知れた全寮制女学院に赴任して、はや一年と数ヶ月。
俺はそれなりに上手くやってると思う。

授業は上手く行ってるし、生徒人気もそう悪くないらしい。
ナメられてる感は否めないが、まぁそれも納得出来る範疇だ。

なんてったって女子校だからな。
男に全く遠慮が無い。

それさえ、俺には心地良かった。

学生時分から運動ばかりに打ち込んで来たせいか、どうにも“オンナ”という生き物は苦手だったから。

対人関係も。
授業も。

全てが上手く行くはずだった。

この生徒に、出会うまでは。

「……お前、いい加減にしろよ」
「嗚呼、先生……会いたかったです」
「話の応答くらいまともに出来んのか、お前は」

放課後の生徒指導室。

夕日差し込むその場所で、俺はいつの間にか慢性化してしまった偏頭痛に襲われていた。

「ねぇ、真司先生、」
「加藤先生だ」
「……しんじせんせい」

決して広いとは言えない教室。
その狭い空間で、俺と三年一組の椿ぼたんは向き合っていた。

なぜ?

そんなの決まってる。

ここは生徒を指導するための部屋だ。

「椿、先生を名前で呼ぶのは止めなさい」
「わたし、真司先生以外はちゃんと名字で呼んでますよ?」
「だったら俺もちゃんと呼べ」
「やだ。」

にっこりと、酷く幼く見える笑顔で憎たらしい返事をする目の前の生徒。
……更に頭の痛みが増す。

「椿、お前な……、」
「だって先生のことスキなんだもん」
「…………、」

高等部最上級生だとはとても思えない、酷く子供っぽい表情と発言をするこの生徒……椿ぼたんと出会ってから、俺の生活は激変した。

三年一組、椿ぼたん。

成績発表の上位クラスにこいつの名前が並ばないことは無いし、運動神経だって悪くない。
ふんわりとした雰囲気に、真面目を象ったような行動。

教員ウケだって当然良い。

ただ。

こいつは少し、頭がおかしいんだ。

「なんで授業サボったりしたんだ。しかも校門なんて目立つ所に立って……やるならやるでもっと上手くやらんか」
「先生と二人きりになりたくて」
「……椿、中間の現国の点数は?」
「97点でした」
「きっと採点間違いだな」

じゃなきゃ、こんだけ日本語が通じねぇわけがねぇ。

「だって、先生。……わたし達、こうでもしなきゃ会えないんですよ?」
「俺は会いたくねぇよ、べつに」
「わたしは会いたい」

するりと、机の上に乗せていた俺の武骨な手に椿の細い指が絡む。
上目使いに見つめてくる、大きな瞳。

熱の籠もったそれに、びくっと体が震えた。

くそ、なんで、こんなことに……ッ!

「……止めろ、椿、」
「うそ。先生だってそのつもりだったんでしょう?」
「ッ、違う……!」

細い指先に手首の筋をなぞられて、頬に熱が集まる。
しゅる、と生々しい衣擦れの音が聞こえて、反射的に顔を上げれば。

椿が、自らの制服のリボンを外していた。

「つばき、……椿ッ!止めなさいッ!」
「真司先生、顔真っ赤ですよ?」
「ッ、いい加減にせんかッ……!」
「……かわいい、せんせい」

なんで、こんなことに。

どこからが間違いだったんだ?
俺はどこから道を踏み外した?

椿ぼたんと出会ってからだ。

数ヶ月前、生徒指導に任命されてからだ。

くそ、俺が体育教師だからって生指押し付けやがって……!
恨むぞ、教頭……ッ!

「んしょっ、と……」

ばさり。

何か重い物が床に落ちる音。
声も出せない俺の前で、椿は躊躇いもなく自分の制服を脱いで行く。

「っ、…………ッ!」

下着しか身に付けていない上半身。

白い肌に薄桃色の下着が扇情的で。
幼い顔に似合わない、たわわな膨らみにめまいがした。

頭はまだまだガキのくせに、体ばっかり成長しやがって……ッ!

「先生、そんなに固まらないで」
「っ、やめろ……ッ!」
「ネクタイ外せませんよ、これじゃ」

外さんで良い……ッ!

「先生って、口で言う割には全然抵抗しませんよね」
「ッ!?それはッ……!」
「だから『止めろ』とか言われても説得力が無いんです」
「椿……ッ!」
「はい、失礼しますね」

しゅるっ。

いとも簡単に解かれてしまった、首元の戒め。
俺の体はぴくりとも動かない。

まるで、椅子に縫い付けられてしまったかのように。

動けない。
動けるわけが、無い。

「ボタン、外しちゃいますね」

数ヶ月前。

初めて、椿とこうなった日。
初めて、椿を生徒指導室に呼び出した、その日。

俺は、全力で抵抗した。
当たり前だろ。

問題は。

その時に、だ。


 
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