短編小説1

□ねこの首に鈴を付けろ!
1ページ/3ページ






“遊廓”という言葉を聞いた時、人が連想するのはどういうものだろう。

島原?
吉原?
遊女?
花魁?
女郎?
太夫?

……まぁ、こんなものだろうか。

家の借金を背負わされ、六つで街に売られた哀れな遊女達。
一度大門口を潜れば、年季の明ける二十七まで出ることの出来ない、閉鎖された世界。

…………うん、あいつらだってそれに違いはありゃしねぇ。

六つで売られ。
禿になって芸を磨き。
女郎として簪を付け、煌びやかな着物に身を包む。

そして。

二十七まで体を使って金を稼ぐんだ。

……うん、あいつらだってそうだ、なーんにも変わんねぇよ。

まぁ、ただ。

性別が男だってことくらいだろ。

















『ねこの首に鈴を付けろ!』
















むかーしむかし、ある所に。
“乙原”という小さな色町がありました。

島原?吉原?

いえいえ、そんな立派なものじゃあございません。
知る人ぞ知る、小さな小さな色町です。

ただ。

その街で色を売るのは“女郎”では無く“野郎”なのです。

「おい喜助!つまんねーこと言ってねェでさっさと準備しやがれ!」
「喜助って呼ぶなこの種馬!」
「だァれが種馬だ!この出来損ない!」

自らの、高い位置で結い上げた髪を引っ張られ、私は反射的に手の主に食ってかかった。
女の髪を引っ張る外道なんて一人しか居やしねぇ。

「ざけんな、灯籠!」

とうろう、と云う大層な名を持つ目の前の男は、私が面倒をみている乙原女郎の一人である。

女郎、といっても女じゃねぇぜ。

こんなデカい女が居てたまるかってんだ。

「普通男が女の髪引っ張るかッ!?」
「その概念がここじゃ通用しねェのは分かってんな?……なァ、萌葱?」
「ぐっ……、」

勝ち誇ったような灯籠の言葉に、思わず頬が引きつった。

確かに、そうなのだ。

ここ“乙原”は全てが男を中心に回っている……いや、天保のこの世、そりゃあ普通のことだけどな?
そこはそれ、ここは腐っても色町だ。

島原も吉原も、色町っつぅもんは女を中心に回ると聞く。

女郎が禿や小間使いの喜助を従え、街ん中練り歩くっつーんだからな。

だが。

我が乙原は違う。

色を売る女郎は男。
それを世話する喜助は女。

……まぁ、女が男の世話すんのは世の習いだろうけど。

ぁ、ちなみに。

「さっさと頭結ってくれ」

そう言って偉そうに胡座を掻く男は、決して陰間ではない。

“陰間”ってのは男に色を売る男のことで、それじゃねぇっつーことは……相手をするのは女だけってこった。

客は主に、家で精神的苦痛を味わっている奥様方や、婚約者の相手をするための教育で連れて来られるお嬢様。
旦那に操を立てる気がさらさらなくて逆に清々しいね。

他には……本気でこいつらに入れ込んでる町娘達とか、かな。

こんなヤツに金払ってまで抱かれたいって女が居るんだから、世も末だね。

「萌葱、さっさとしろよ」
「…………種馬が」
「あ゛ぁァッ!?」
「うっせぇなもーいーよッ!で!?今日はどうすんの?堪え忍ぶ?」
「……阿呆か。割れ忍ぶ以外ならなんでもいーぜ、任せる」
「まかされたー」

男の物とは思えねーくらい綺麗な黒髪に椿油を馴染ませつつ、櫛を通す。
さっすが、ひっかかりもしねぇ……。

「今日は見世に出りゃ良いの?」
「いや、今日はもう登楼客が決まってる。おみつさん……だっけ?」
「あー……、道場の娘の?」
「ぁ、うん、そうそう」
「それくらい覚えとけよ駄目喜助」

無駄口を叩きながら髪を結い上げ、首の骨が軋みそうなほどの簪を刺す。
化粧を手伝い、本来ならば女が着るはずの鮮やかな着物を着せれば。

売れっ子乙原女郎“灯籠”の出来上がりだ。

「きょーもきれーですね、とーろーさん」
「雀の涙ほども心籠もってねェな」

そう言って笑う姿は、少し異様だ。

高い身長を包むちりめんの着物。
がっしりとした腰を締め付ける塩瀬帯。
髪を高さのある“銀杏”に結ったのは間違いだったかもしれねぇ。

「んだよ?じーっと見て」
「……いや、でけぇなと思って、」
「摩羅の話か?」
「おはぐろどぶにでも落ちちまえ!」

十四・五ならまだしも、灯籠は今年で十九になる。
……女郎姿もそろそろ苦しいだろ。

「ふざけんな、年季はまだ十年近く残ってんだ」

そう言って笑う灯籠。

流れる黒髪。
切れ長の目。
薄い唇。
白雪の肌。

そこんじょそこらの役者なんかより男前で、そこんじょそこらのお姫さんなんかより美人な、私の女郎。

こいつとの出逢いは十三年前。

女郎になるため売られて来た灯籠。
喜助になるため売られて来た私、萌葱。

最初から私達は馬が合わなかった。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ