戴きもの

□噂のご兄妹
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これは少しばかり昔のことになるが...

うちの家の近所に、かつて黄色い小さな家があった。

そこには年の離れた兄妹が住んでいて、私は彼らをアオヤギさんのオジちゃん、オバちゃんと呼んでいた。

オバちゃんといっても彼女はオジちゃんに比べて若く、まだ三十代後半といった風貌だった。

一方オジちゃんはギリギリ五十という感じで、しかも病気で療養生活を送っていた。

彼らが空気の綺麗なこの街へ来たのも、オジちゃんの療養生活のためだと、後から母が言っていた。

「あら、カスミちゃん。よく来たわね」

私は用もないのにアオヤギさんちを訪ね、よくお菓子をもらっていた。

「カスミちゃん。おうちは嫌い?」

「嫌いよ。お母さんと知らない男の人がいるから」

父に隠れて母が何をやっていたか、子供ながらに薄々と理解はしていた。

そして私は当然のように汚らわしい淫乱な母に嫌悪感を抱いていた。

「........そう」

私が母の話をすると、オバちゃんは決まって悲しそうな顔をする。

私はそんなオバちゃんに気付かず、ペラペラと続きを喋り続けた。

男が来ると私は家を追い出されること、そんなときはご飯も食べさせてもらえないこと、エトセトラ。

暫く黙って聞いていたオバちゃんだったけれど、重々しく、悲しそうに口を開いた。

ここで私はやっと、自分が何かマズってしまったのだ、と知ったのだ。

「そうねえ、そうねえ、カスミちゃん。でもねえ、女にはねえ、あるのよ、あるのよ。そういうことが...」

オバちゃんの顔が余りにも辛そうで、なんだかこちらまで悲しくなってくる。

でも子供ながらに知的欲求の大きかった私は、そんな悲しみより疑問の感情を優先した。

そういうことってどんなこと?

ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ。

こんなに優しい、綺麗なオバちゃんでも、お母さんのようにいんらんなのかしら。

女はそうなのかしら、皆。

私もいつかそうなるのかしら。

そうだったら、いやだなあ。

その時、扉が開いてオジちゃんが入ってきた。

「カスミ、来てたのか」

オジちゃんは私を呼び捨てで呼んでいた。

私は頷く。

「○○」

今は覚えていないけれど、オジちゃんはオバちゃんを名前で呼んだ。

私はつられてオバちゃんを見る。

すると、なんだか私の中で渦巻いていたモヤモヤが、一気に消えたような気がした。

オバちゃんはオバちゃんではなく、女だったんだ。

只の。

無名の。

それからすぐ、アオヤギさんたちはいなくなってしまった。

オジちゃんは、死んでしまったのだろうか。

私はその頃不安で不安で仕方がなかった。

どちらにしろ、それはとても不確定な、不安定な予想で、答えは出ることがない。

多分アオヤギさんたちが実は夫婦だったとか、いややはり兄妹だった、だとか、そんな噂と同じように。

私が成長して、男と一緒にいるとき、時々考える。

自分はあの時の母のように見えてはいないか、同じにおいがしていないか。

そして、できることなら母のようにいんらんではない愛し方をしたいと思うのだ。

アオヤギさんたちのように。

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