戴きもの
□男宅女宅
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俺と本、どっちが好き?
なんて。
そんな女々しいこと聞けるわけない。
『男宅女宅』
付き合い始めて2年になる俺の彼女は、自他共に認める無類の本好きだ。
故に、ちょっとアレなくらいインドア派。
……そもそも出逢ったのが図書館だった。
ちらっと見た表紙だけでも目眩を起こしそうな分厚い本を読む、凛とした姿。
しゃんと伸びた背筋や伏せられた瞼に一目惚れして、暫く図書館に通い詰めたのが始まり。
隣に座ったこともあるんだぜ……って俺はどこぞの天沢聖司か。
とにかく、隣町の橘高校の“本の虫”こと中谷真琴に惚れたのは俺からだった。
当然、告白したのも俺から。
そして。
2年前のあの日。
いつもの図書館。
いつもの時間。
覚悟を決めた俺はなけなしの勇気を振り絞り、羞恥心をかなぐり捨て、いつも通りしゃんと背筋を伸ばして本を読む真琴へと声を掛けたのだ。
『俺と付き合ってもらえませんか!?』
スタンダード過ぎる愛の告白だが、その時の俺にはそれが精一杯の告白だった。
だって当時、俺はまだ高校1年だぜ?
中学から上がったばっかりのガキんちょだったんだから仕方ないだろ?
そう、俺は一生懸命だったんだ。
精一杯でいっぱいいっぱいで必死で格好悪くて考えなしだった。
でも、情熱だけは人一倍どころじゃねぇくらいにあったはずなんだ。
なのに。
橘高校の本の虫こと中谷真琴は。
当時まだ彼女でもなかったその女は、一言。
『……図書館ではお静かに』
その一言で片付けやがった。
そうだ、その時からその気はあったじゃねぇか。
なんでその兆しに気付かなかったんだ、当時の俺。
だから今、こんなことになってんだろ。
「……なぁ、真琴」
「…………」
「真琴ってば。おーい?」
「…………」
告白から、約2年。
失敗かと思われた愛の告白は意外や意外、実は受理され、俺は目の前で俺をガン無視して本に集中する中谷真琴との交際を続けている。
すげえ確率だよな、図書館で出逢った人間に告白して付き合い始めて、それが2年も続くなんて。
俺達は高校3年になり、最近じゃ学校の違う俺達が会うのは難しくなってきた。
でもこうやって、お互いのバイトや予備校の間をぬって会ったりしてるんだ。
世に言うデートってやつさ。
……しかし。
最初にも言ったが、俺の彼女、中谷真琴は自他共に認める無類の本好きだ。
故に、ちょっとアレなくらいインドア派。
「まこっさん!まこっさん聞いてる!?」
しかも。
本に集中し始めると、なかなかのめり込んだ本の世界から帰って来ないときた。
火事地震くらい気付かねぇんじゃねぇの?ってくらい。
だから。
「まーこーとー!」
今もこうして俺のことガン無視して、本読んでんだろ。
「真琴!真琴!真琴!」
「亮くんうるさい」
本日、日曜日。
in真琴の部屋。
外は晴れ渡る青空だというのに。
真琴は俺の背中にもたれかかったまま、告白したあの日読んでいた本より更に分厚い本のページを捲っている。
「なぁ、外出ようぜー」
「どこ行きたいの」
「どこでも良いから外出たい。自転車持って来てるから後ろ乗れるぜ?」
「うん、また今度ね」
「その“今度”来たことねぇよ!?」
「亮くん、動かないで」
そんな、これっぽっちも信用出来ない言葉に思わず後ろの彼女を振り返れば、俺が動いたことで背中のバランスを崩した彼女にじろりと睨みつけられてしまう。
いつもこうだ。
せっかくのデートだというのに、こんな、室内で。
背中合わせで本読んで。
ほんとに俺のこと好きなわけ?
「失礼ね、大好きよ?」
「……どこが?」
「本読んでても怒んないとこ」
「……嬉しくねぇ」
「じゃあ、本好きな私を『好き』って言ってくれたとこ」
真琴のその言葉にゆっくりと振り返ったけれど、今度は怒られなかった。
彼女は普段は本へと向けている黒目がちな瞳をきょろっとさせ、自分より座高の高い俺を見上げている。
「もっとあるよ、聞きたい?」
ぱたん、と真琴はそれまで集中しきっていた本を閉じて、小さく微笑む。
でも、その指先はしおり代わりに本の間に挟まれたままだ。
「……聞きたい」
「背中が広いとこ」
「本読みやすいからだろ」
「うん、そう。それから、呼吸のタイミングが私と似てるとこ。安心する」
「…………もっと」
「じゃあ、これとっときのやつね」
そう言って真琴は微笑む。
「こえ」
…………声?
「そう、声。背中合わせで喋る時にね、びりびり響くの。大好きよ」
ずっとずっと、大好きよ。
だから。
「あと10ページだけ待ってて」
そしたらお出掛けしよう。
そう、柔らかな頬を緩ませた真琴は、俺の柔らかくもない頬に唇を寄せて。
ちゅ。
触れたのは、一瞬。
しかも、たかがほっぺちゅーだ。
…………なのに。
「……待ってる」
「いいこ」
絆されちまう俺は、こいつが好きなんだ。
インドア派で『本の虫』なんて呼ばれてて根暗でいつも『また今度』なんて嘘ばかり吐いて……そして。
無類の本好きな、こいつが。
好きなんだ。
「……亮くん」
「なに」
「やっぱり続き読んで良い?」
「…………はいはい」
本に勝てる日はまだまだ遠そうだ。
END.
→ごあいさつ.