長編小説
□あいつおまえのなんなのさ
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『本名、梓川湖子♀』
ここは眠らない街。
祇園。
……ちと微妙だな。
でもまぁ、仕方がない。
おれだって歌舞伎町だとか言いたいよ?
新宿とか赤坂とか六本木だとか、そんなこと言ってみてぇっつの。
だけど、ここは京都だし。
「……ふ、現実逃避」
京都祇園の中心部、北側に位置するこの街でおれは働いてる。
主に午後6時過ぎから。
……お察しの良い方はもうお気付きであろう。
こんな遅い時間から働くような仕事が普通じゃねぇってことくらい、小学生にだって分かるだろうしな。
そう、ホストクラブである。
「……水商売だよな、普通に」
しかし誤解すること無かれ。
おれは別にプレイヤーとして……つまり、客の相手を担当する『ホスト』をしているわけではない。
てか出来ねぇな。
性格的にも、物理的にも。
おれが担当するのは内勤……正確に言えば厨房での調理である。
大した料理はしねぇけど、とりあえず調理師免許は持ってるし。
そもそも、若干19歳のおれが何故、ホストクラブ『Blue Rose』で働いているかというと……いや、話すと長くなるから簡単に説明させていただこう。
兄が経営者なんだ。
……わぉ、そうやって聞くと超簡単な理由じゃねぇか。
そう、おれの兄貴はホストクラブ『Blue Rose』のオーナーであり経営者であり、更にはこの店のナンバーワンホストである。
おれが小学生くらいの時に実家を出て行った兄貴は、なにがどうなったのかは知らねぇがホストという職に就き、あれよあれよと言う間に自分の店まで構えてしまったらしい。
そして、おれが高校生活を満喫していた頃……まぁ、いろいろあったんだが、割愛するとして。
つまりは兄貴にスカウトされたんだ。
何年も会ってなかった兄から電話があったと思ったら『18になったら俺の店で働かないか』だもんな。
最初は戸惑ったさ。
そりゃあ当たり前ってもんだ、ホストクラブだぜ?
だけどおれはこうして、ここ『Blue Rose』で働いている。
……あぁ、一つだけ言っておこう。
おれはアルバイトとして働いているわけで、これを本職としているわけではない。
本職は大学生だからな。
昼間は大学、夜はホストクラブ。
確かにツラくねぇっつったら嘘になるけど、おれはこの仕事が嫌いではない。
もともと人間観察は好きだし。
それよりなにより、この店のスタッフ達はあたたかい。
プレイヤー達も、内勤達も。
だからこそ、おれは……。
「おいてめぇ湖子、なにぼさっと突っ立ってんだよ。給料引くぞ」
ガンッ!!
そんな声と共に後頭部に走る痛み。
それが不意打ちだったことと、あまりにその痛みが強烈だったことが相成って、おれはまるで漫画のように顔面からゴミ箱に向かって突っ込んだ。
「ぁ、わりぃ」
わりぃ、じゃねぇよてめぇ!
そう叫んでやりたかったけど、仕事中にぼーっとしてたおれが悪い。
我慢だ、我慢。
「……すんません」
そう言いながら振り返れば、そこにはおれをこの世界に引きずり込んだ張本人、梓川裕哉。
つまりおれの兄貴でオーナーで経営者、……の手に握られたシャンパンボトル。
しかもマグナム。
「なぜ、マグナム」
「おい湖子、下ネタはやめろ」
「てめぇ死ねよマジで」
ホストクラブ来てマグナム飲むなよどこのご令嬢だよてゆぅか兄貴いまおれのことそれで殴ったの?
下手したら死ぬぜ?
ねぇ、ねぇ、ねぇ。
「瞳で訴えるなよキモイんだよ」
「可愛い妹に向かってそれはねぇんじゃねぇの?てゆぅかビンはやめろよな、ビンは」
「考慮する。……で、可愛い妹って?」
「……おれ?」
そう、こんな口調でもおれは歴とした19歳女学生である。
よって、ホストは出来ない。