十二国記:楽俊小説

□少年王。1 巧国新王即位編
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延王は、関弓の街をぶらついている所をまたしても灰茶の鼠に捕獲された。
小さな手に裾をぎっちりを捕まれて、延王は悪態をついた。

「・・・ったく。お前、嗅覚も鼠並か?」
「何とでも。・・巧より使者が来ております。早くお戻りください。」
楽俊は雑踏の中で、声をひそめて促した。

渋る延王を引っ張って、宿に預けておいた、たまに押し上げた。
延王はやっと観念したのか、手を伸ばして楽俊を引き上げると、たまの手綱を取った。
「ようやく即位式か。」
「はい、前王が身罷ってより二十年です。」

「式には六太をやろうと思う。お前が随行しろ。」
「とんでもない!半獣が王宮にあがるなど、考えられない事です。あの国では。」
楽俊は自嘲した。
「ばれるものか。行きたいんだろう?」
「どうでしょう・・・あそこは、私が見捨てられた国であり、見捨てた国です。」
「だったら、なおさら新しい国を見極めて来い。」



「・・・御意。」











巧国傲霜翠篁宮にて、即位式はつつがなく執り行われた。
立礼する六太の後ろで叩頭する合間に、楽俊は新王の姿を盗み見た。
 
・・・若い。

いや、幼い、と言ったほうが的確だろうか。年のころは供王と変わらぬように見えた。

苦労するだろうな。

楽俊は、生国の行く末を案じて目を閉じた。





式の後、六太が塙麒に会いたい、というので楽俊も仁重殿に供をすることになった。
中庭に現れた塙麒は、東屋にたたずむ二人の姿を認めて、何故か、雷に打たれたかの様に立ち尽くした。

「よお、塙麒!」
六太が軽く手を上げると、塙麒は、はっとして慌てて駆け寄った。
「お久しぶりです、延台輔!蓬山でお会いして以来ですね。」
塙麒は、きびきびと挨拶すると、少しかがんで六太の手を取った。

身長も見た目の年齢も、景麒と同じくらいだろうか。しかし、その髪は誰にも似ていなかった。
白に近いごく薄い金の部分と、褐色に近い濃い金の部分が見事な横縞を成し、
その麒麟らしからぬ日に焼けた精悍な顔つきとあいまって、麒、というより虎を思い起こさせた。

「あいかわらず、見ごたえのある縞麒麟だな。」
六太がその毛並みをしげしげと眺めると、塙麒は屈託なく笑った。
「はい!主上は私の事を、『しましま』とお呼びになります。」
「しましま・・・塙王って何歳なんだ?」
「御年十一におなりです。」

それから塙麒は遠慮がちに六太の背後に目を向けた。
「あの・・・そちらの方は?」
六太は先ほどから叩頭している楽俊を振り返った。
「うちの官吏だ。張清、字は楽俊。」
塙麒は頷くと、楽俊の方に身をかがめた。
「楽俊殿、どうかお立ち下さい。」
「かたじけのう存じます。」
楽俊は立ち上がった、が、塙麒のあまりに深刻な視線にぶつかって驚いて目を伏せた。
塙麒は楽俊の反応に慌てて、気を取り直した。

「お二人共、お掛けになって下さい。今、湯茶の用意をさせておりますから。」
楽俊は恐縮した。
「いえ、私はそのような身分ではありませんので・・・」
「どうか、お気になさらず。」
六太が口を挟んだ。
「まあ、座れよ楽俊。一緒に塙麒の話が聞きたい。」
「私の?」
「そうだ、塙王をどうやって見つけたんだ?
女仙たちが嘆いていたぞ。昇山の時期でさえ、ぎりぎりまで蓬山に寄り付かないって。」








塙麒は、噛み締めるように語りだした。
「そうですね。確かに私は幼い頃より、蓬山で女仙と過ごすより黄海を駆け回る方が好きでした。
 そして、王の選定に入る歳が近付くと、龍旗が揚がるのを待ちきれずに、巧国を巡り歩いていました。
 しかし、王気の欠片も見つけられなかった・・・
 今思えば、当然です。主上はまだ、お生まれになっていなかったのですから。
 ・・・十数年のほとんどを、あてどなく主上を探して歩きました。道々で出会う妖魔を下しながら。」

「そんな事してたのか。」

「はい。王が玉座におわさぬ国は、災害と妖魔に苦しめられます。巧は、とりわけ妖魔が多かった。
 私は災害を鎮めることは出来ませんが、妖魔を調伏することは出来ます。
 そして、使令は同じ種の妖魔を従わせる事が出来る。
 もはや数え切れない程増えた私の使令は、今も国中に散って、後から後から湧いてくる妖魔を、黄海に帰しています。
 ・・・ですが、主上が玉座におつきになられたからには、妖魔も災害も静まっていくでしょう。」

「そうだったのか・・・それで塙王とは、何処で?」
「主上は、昇山する商人の供をする家生でした。」
「家生!?」
「はい、災害で家と母君を亡くし、残った家族ごと、その商人の家生になったそうです。
 私はその時、剛氏に扮して昇山の一行に交じっていたのですが・・・」

「ちょっと待て。」
六太が驚いて遮った。
「剛氏になってた!?」
「はい、昇山の時期になる度に。もちろん、そこに王気がないのは分かっていましたが、
 巧の為に命を賭して昇山する民の道行きを見守りたかったのです。妖魔に襲われるのだけは、防いでやれますから。」

六太は、信じられない、と首を振った。
「荒れた国も、昇山の道も血臭が酷いはずだぞ。平気だったのか?お前、本当に麒麟らしくないな。」

塙麒はにこりと笑った。
「女仙らは、毛並みの通り虎の性だと申しておりました。・・・あの時も、全く王気を感じなかったのです。
 主上の間近にいて、言葉を交わしさえしたのに、ただ、健気なお子だとしか思わなかった。
 王は生まれつき王なのではないのですね。

 一行は沼地に差し掛かりました。蛭の多い危険な沼です。
 騎獣に乗る者はともかく、主上の様な供回りの者達は歩いて渡るしかない。
 私は主上に、私の騎獣に乗るよう薦めました。
 しかし、主上はそれを断って、幼い妹君を背負って沼を渡り始めました。
まだ背の低い主上は足どころか腰まで浸かって蛭に噛まれながら、弱音一つ吐かずに沼を渡りきったのです。

 その時です。家生の少年が突然王気を放ち始めました。まるで、天からの光に包まれたかの様でした。
 ・・・私は、人が王になる瞬間に立ち会えたのです。
 
 私は喜びのあまり、その場で頭巾をかなぐり捨てて叩頭しました。けれど、この毛色です。 傍にいた人々は、私を妖魔だと騒ぎ出しました。
 主上は泣いて怖れるばかりで、とても「許す」とは言っていただけそうにない。そこで、仕方なく転変して主上を背にお乗せ申し上げ、そのまま蓬山にお連れしたのです。」

「・・・そりゃあ、大騒ぎだっただろう。」
「ええ、蓬山で何度ご説明申し上げても、主人に申し訳ない、家族が心配だ、と泣くばかりでした。
 残りの昇山の一行が、使令に守られて蓬山に辿り着いて後、ようやく誓約を許してくださったのです。」






語り終えた塙麒は、ほうっと息をついてお茶をすすった。六太は、ぐっと伸びをした。
「苦労したんだな、お前も。」
「いいえ、蓬莱まで探しに行かれた延台輔や景台輔に較べれば・・・」
「新王は、全く教育を受けていない家生の少年か。確かにこれからの苦労の方が深刻かもな。」
「きっと大丈夫ですよ。元々巧は官の腐敗で倒れた訳ではないのです。仮朝もしっかりしていました。
 主上には、これからゆっくりと国政について学んでいただけば良い、と思っています。」

「そうか、頑張れよ。出来る限りの援助はするからな。その為にこいつを連れてきたんだ。」
 今まで遠慮して発言を控えていた楽俊が、塙麒に目礼した。
「雁では、各国から流れ込んでくる荒民の為に、大使館を置いているんだ。」
「た・・・?何ですか?」
「大使館。元々は景王の発案でな。それぞれの国からの荒民の権利を守り、意見を代弁する為の機関だな。
 行く行くは巧から正式な大使を送ってもらいたいんだが、今の所は楽俊が代役を務めている。・・・こいつも巧の出なんだ。」

塙麒は、自分の話の途中も楽俊にちらちらと目をやっていたが、今や彼から目を離せなくなってしまっていた。
「そうでしたか。ご苦労なさったでしょう。」
楽俊は、いよいよ恐縮して身を縮めた。
「いいえ、奇妙な縁で雁では本当に良くして頂きました。巧でも・・・食い詰めて逃げ出した訳ではないのです。ただ、私は半獣で・・職を求めて雁に来たのです。」
塙麒は恥じた様に目を伏せた。
「巧の法があなたを追いやったのですね。先王に代わってお詫びします。」 
「いや、謝って頂く筋では・・・」

「もし法が改まれば、戻ってきていただけましょうか?」
塙麒のすがる様な目に、楽俊はうろたえた。
「そうしたいのですが・・・すみません。いずれ慶の臣になると、約束があるのです。」
「景王自身とな。」
六太が付け加えた。塙麒は驚いて溜息をついた。 
「引く手あまたなのですね。」
楽俊は恐縮して手を振った。
「そうじゃないんです。ちょっとした縁があって。」
「残念です。」




この時、女官が「そろそろお時間です」と告げに来た。
六太が勢いをつけて立ち上がる。
「とにかく、こいつが巧に必要な援助や、荒民が巧に戻る準備をそちらと詰める。しかるべき官と引き合わせてやって欲しい。」
「わかりました。でも今は、まず宴席にご案内いたします。楽俊殿も是非。」
「ですから、私はそのような身分では。」
塙麒は固辞する楽俊の手を取ると、有無を言わさず歩き出した。六太はその後について歩きながら、眉をひそめた。


何かが妙だ。
塙麒は元々人懐こい質だが、誇り高いところもある。初対面のただの官吏に、ここまで擦り寄るのは何故だろう。
楽俊には確かに人の心の壁を突き崩す才があるが、塙麒は明らかに一目見た瞬間から、楽俊に惹かれていた。

それは、まるで・・・

「まさか、な。」
誕生したばかりの王朝に、早くも暗雲が立ち始めたようで、六太はぞっとした。
いや、王朝というものは滅びを内包して生まれてくるものなのだ。それはどこの国でも変わりはしない。

六太は軽く頭を振って、二人の後を追った。






第二章へ続く

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