十二国記:楽俊小説

□少年王。4 巧国二王昇山編
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楽俊は、ゆっくりと重い扉を開けた。

がらんとした広間の奥にしつらえられた玉座に、塙王が片膝を立てて座っている。彼は憔悴しきった虚ろな目で、鼠と麒麟を見やった。
「どうせ、いつかは来るだろうと思っていた。」

楽俊は、ほたほたと広間を横切って玉座の前に立った。叩頭はしなかった。
塙王はぎろりと二匹を見下した。
「余も馬鹿ではないつもりだ。塙麒がお前に擦り寄る理由位解かっている。元々お前が天に選ばれた王だったのだ。お前の姓が前王と同じだったが為に、余が繋ぎにあてがわれただけの事。」

塙王は床に唾を吐き捨てた。楽俊は塙王をひたと見詰めて静かに話しかけた。
「おいらはそうは思わねぇ。この世にゃ登極してすぐ挫折した王だって沢山いた。三年が一山だと言われる位だ。あんたはもう三十年この国を天より任されている。繋ぎなんてとんでもねぇ、あんたは立派な王だよ。」

塙王はフンと顎を上げた。
「心にも無い事を。見ていたぞ、お前が余の麒麟を駆って、ここに乗り込んで来るのを。・・・塙麒と誓約したな。」
塙王は蔑む様に塙麒を見下ろした。
「二王に仕えず、と言うが、本当に同時に二王を持つとは見下げ果てた奴だ。」

塙麒は無言で目を伏せた。楽俊は塙王の凍てつく視線から守る様に塙麒の前に立った。
「塙麒を責めてどうなる。麒麟は天の器に過ぎねぇ。文句があるなら天に問いただせばいいじゃねぇか。」

塙王は目をすがめた。楽俊はゆっくりと話しだした。
「おいらは別に王位に用はねぇ。叛乱を止めに来ただけだ。半獣が要求してるのは、ただ人と同じに扱われる事だけだろう。半獣を差別する法を全て撤廃してくれねぇか?それだけで叛乱はそれで治まり、塙麒の失道も直って、あんたは王であり続ける事が出来る。そうなりゃ、おいらは雁に戻って官吏を続けるだけさ。どうだい、丸く収まるだろう?」

「綺麗事をほざくな!」
塙王は噛み付く様に叫んだ。

「そしてお前は雁で、余が再び道を誤り天意を失う日まで高みの見物というわけか。王位を譲った聖人君子と讃えられながら?巧の民は『巧に二王あり』と余を嘲笑い、失政のある度に雁を仰いで溜息をつくのだろうな。」

楽俊は妙な顔をした。
「あんたは一体、王でありたいのか?ありたくないのか?」

塙王は言葉に詰まった。
「・・・余はただ、同時に二王が並び立つような馬鹿げた事態に至った理由を知りたいだけだ。」

「何だ、そんな事か。」
楽俊は破顔した。
「だったら、聞きに行こう。」
「フン、誰が教えてくれると言うのだ。」
「天さ。」
塙王は眉をしかめた。
「からかう気か。」
「まさか。蓬山へ行って、碧霞玄君にお伺いを立てるんだよ。延王や景王がよく使う手さ。首脳会議で話題に上がったろ?何か新しいことを始めようとして、大綱に反しないか不安なら元君に聞け、と。」

塙麒が蹄で小さく床を掻いた。
「主上、どうか一緒においで下さい。ここで言い争っていても、事は何も進みません。」
塙王は自嘲した。
「確かにな、冢宰の裏切りで、ここには大僕一人いない。余も鼠も丸腰。これでは、どちらかが死ぬまで殴り合うしかない。子供と鼠の殴り合いだ。全く締まりのない王朝の終焉だな。」

「主上・・・」
「おいらたちと一緒に行こう、な?」


「そうするしかなさそうだな。」
塙王の答えに、塙麒は安堵の息をついて擦り寄った。
「お乗り下さい、主上。楽俊も。」

楽俊は心配そうに塙麒の背を撫でた。
「二人は無理だろう。おいらは、たまに乗って行くから。」
「平気だよ!僕が騶虞より頼りなく見えるっていうの!?」

鬣を振り立てる塙麒に、塙王は思わず破願した。
「そうだったな。お前は巧が誇る猛き麒麟だ。失うわけにはいかんな。」

塙王は少年の身軽さで、塙麒にひらりと飛び乗った。
「さっさと乗れ、鼠!」



三人は蓬山目指して、露台から飛び立った。
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