十二国記:楽陽小説

□赤楽五十年
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「塙王崩御。」
景王陽子は堯天金波宮の私室にて、その報を受けた。

陽子を害そうとした塙王が斃れて二十年、次の王が立って三十年。
あの荒廃した国で、ここまでよく持ちこたえた、と解ってはいる。
が、一つの王朝の終わりに、同じ王として無心ではいられない。


報告の後、一旦下がっていた女官が、時を置かず再び慌しく現れた。
「主上に奏上いたします。塙王即位。」

「・・・は?」
陽子は少し考え込んだ後、女官に尋ねた。
「祥瓊、こういうのはありなわけ?」
祥瓊も首をかしげた。
「そうねえ。聞いたことがないけれど、禅譲だったんじゃないかしら。それにしても早すぎだと思うけど。」
「ふーん。」
後で遠甫にお尋ねしようと思う。
そういえば景麒が先日来、知己だった塙麒の失道を見舞いに巧に滞在している。
次の王が登極したのなら、そろそろ帰ってくる頃合だろう。
「とにかく、あの気さくな塙台輔がお亡くなりにならずに済んだのなら、うれしい。」
 陽子が微笑むと、意外な声が応えた。
「ああ、あいつはもう恥ずかしい位、浮かれまくってるぜ。」
「延台輔!?」

鈴に案内されて、六太が現れた。その後ろには、何故か憮然とした景麒の姿も見える。
「巧で一緒になってさ、新塙王の即位式の招待状を預かってきた。」
「ありがとう。・・・でも前の塙王の即位式には慶賀の使者を送っただけだし、・・・雁もそうだったでしょう?」

陽子の即位式は延王自ら出向いていただいたが、普通余程の親交がない限り他国の王が出席することは、まずない。
「前はな。」
六太は意味あり気にニヤリと笑った。
「でも今回は行っとかないと一生後悔するぜ。」
「どうして?」
「内緒。」
六太は唇に人差し指をあてた。

陽子が首をかしげて後ろの景麒を見やる。景麒はまだ憮然としたまま、陽子から目をそらしていた。
「そんでもって、全力で着飾ってけよ。でないと、やっぱり一生後悔することになる。」
陽子の目が輝いた。
「わかった。楽俊が来るんでしょ。」
「さあ、そうかもな。じゃっ俺、そろそろ帰んねえと。」
六太はニヤニヤ笑いながら、本当にさっさと部屋を出て行ってしまった。

陽子は改めて景麒に向き直る。
「どういうことだ。」
景麒は目をそらしたままだ。
「・・・おいでになればわかります。」
「ふーん?まあ、いい。」
景麒に言葉が足りないのは、いつものことだ。

「それより、鈴、祥瓊。この前楽俊が褒めてくれた翠の・・・」
「はいはい。陽子はいっつも男物の官服ばっかりで、センスなんかないんだから。
 即位式のお召し物は私達にまかせて、さっさと仕事してらっしゃい。」
「う・・・わかった。」
二人に追い立てられて、陽子はうきうきと部屋を出て行った。
景麒は溜息をつきつつ、陽子の後に従う。

主上の下問に答えなかったのは、延麒に口止めされたのが半分、言いたくもなかったのが半分、といった所だった。



..................................



巧国傲霜翠篁宮。

精一杯着飾った陽子は、重たい冠だの玉だのに悩まされながら、異様な光景に思い切り気おされていた。

「な、なんだってこんなに王と麒麟が集まってるんだ!?」

正殿には、新塙王の即位を祝う為、延王、延麒を筆頭に
大国と呼ばれる国のほとんどの王や麒麟たちが列席していたのである。
こんな即位式は聞いたことがない。出迎える巧の臣達の混乱もかなりのものだった。
 


・・・やがて壇上に新王が姿を現す。




玉座に着いたのは、大裘を呆れる程さらりと身に纏った細身の青年。
初々しいが決して気後れしているようには見えない。



あれは・・・・



「楽俊!?」
陽子は瞬きも忘れて、その姿に見入った。




.......................................



即位式もつつがなく終わり、賓客達は宴のために席を移した。
まだ、ぼーっとして地に足が着かない様子の陽子に、六太が話しかけた。
「いやな。巧がやばそうなんで、楽俊に様子を見に行かせたんだ。
そしたら『塙台輔に捕まって帰れません』って青鳥が来てさー。」

延王までなんだかニヤニヤ笑いながら後を継いだ。
「前王が失道に怒って、塙麒を翠篁宮から追い出したんだ。塙麒が市井で行き倒れてる所を、楽俊が拾ってな。
前王の元に送り届けるついでに、なにやら説教したらしい。
 そしたら前王が禅譲を決意して、その後、蓬山まで付き添った楽俊に天啓が降りた・・・と。」
 
氾王も、ふふと笑って続けた。
「塙台輔も何か予感があったのであろ。それで必死で楽俊殿を引き止めて、蓬山まで連れて行ったのであろうよ。」

その時、着替えを済ませた楽俊が、姿を現した。賓客と礼を交わしながら、陽子のもとに歩いてくる。

「よう、陽子。来てくれてありがとな。」
 陽子は夢見心地で楽俊を見上げた。
「おめでとう楽俊。私、ずっと思ってた。私なんかより楽俊のほうがずっと王にふさわしいって。
 だから、楽俊が天に認められて、本当に本当にうれしい。」
「いや、そこまで言われると・・・」
楽俊は照れて頭を掻いたが、意を決して陽子をまっすぐに見た。

「ずっと寂しい思いをさせちまって、すまなかったな。本当はおいらも、ずっと陽子の傍に居たかった。
 でもその・・・おいらのつまんねえこだわりで・・・陽子とは対等でいたかったんだ。
 だから慶への仕官を断っちまったし、延の使者として慶を訪ねても、いつも陽子に対して引け目を感じてた。 
 まさか、おいらが王になっちまうなんて思いもしなかったけどな。」


 楽俊はそっと陽子の手を取った。

「やっと陽子の所まで辿り着けた。陽子。・・・おいらの隣に座ってくれねえか。」

隣とは、即ち王后の席である。
陽子は混乱して口がきけないでいた。


・・ずっと追いかけてきた。
いつも優しくかわされて、ずっと片思いなのだと思っていた。
彼の頑固なまでの遠慮の裏に、まさかそんな凄まじいプライドが隠されていたなんて・・・


陽子がおろおろして、なかなか返事をしないので、じれた六太が延王を肘でこづいた。
野暮だろ、とぼやきつつ、延王が声をかける。
「あのなあ陽子。俺たちは楽俊の大裘を見るためだけに、わざわざ集まってるんじゃないぞ。
 皆、お前らの祝言を祝いに来てるんだ。」
「し、祝言!?」
六太達はこれをたくらんでいたらしい。

陽子はさらに困って、視線を泳がせた。
助けを求めるように景麒を見ると、景麒は心底嫌そうな顔で、溜息をついた。
「これまで何度、主上の恋煩いで私が失道しかけたとお思いか。
 お二人にはいいかげん落ち着いていただきたい。」
「なっ・・・・」
 
陽子は顔を真っ赤にして絶句した。賓客たちがどっと笑う。景麒のこんな冗談を聞いたのは初めてだった。
「う、嘘だよ楽俊。失道なんて。」
陽子は楽俊に軽蔑されるのでは、と慌てた。
しかし楽俊はそんな陽子に微笑んで、優しく彼女を抱き寄せた。

「これから先、今までより会えなくなるかもしれねえけど・・・」
「・・・平気。ずっと欲しかった言葉をもらったから、もう寂しくない。」
陽子は楽俊の腕の中で、幸福そうに囁いて、彼を見上げた。



ようやくまっすぐ顔を見れた。すぐに涙で曇ってしまったけれど。




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宴もたけなわとなり、延王と氾王が派手な言い争いを始めた頃、巧の高官達はひそひそと言葉を交わしていた。
「何故、鼠の王などにこれ程の王や麒麟が集まるのだ。」
「全くだ。半獣の王など国の恥と思っていたが、他国の女王が王后とは・・・」
 
通りかかった塙麒が憤然と話に加わった。
「楽俊はねッ、とっても有名な雁の能吏だったんだよ?!
 史上初めての『さみっと』はね、景女王の発案で、楽俊が諸国を回って説得して、実現されたんだからッ。」
 
その横から、冢宰も穏やかに彼らを諭した。
「その時、誼を通じた王や麒麟たちが、今、主上を慕って集って下さったのです。
 このような王が他においでになりましたか?
 主上は、王朝末期の混乱も、空位の時代の苦しみも、民にお与えにはならなかったのです。」
 




・・・今、翠篁宮では新王の器の大きさと、ほたほたした姿に心酔する者が急増しているという。




赤楽五十年。
 景王赤子、巧国塙王張清を太公に叙す。
                                「慶史赤書」




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