十二国記:楽陽小説

□罪
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蒼猿を斬り捨てた日から、夜な夜な陽子の前に現れるのは、蒼猿でなく

楽俊だった。


血みどろの毛と虚ろな瞳。
しかし、その目は陽子に向けられる事はなく、ただ前を見据え、ほたほたと歩いて行く。

「裏切り者」「恩知らず」「関わらなければ良かった」

陽子は、考え得る限りの非難の言葉を待った。しかし楽俊は一言も発せず、恨みの目を向ける事もなかった。全く陽子を無視して先を行く楽俊を、陽子は必死に追いかける。

これは楽俊の幽霊なのだろうか。それとも陽子の罪の意識が見せる夢なのか。

答えてくれる蒼猿は、もういなかった。

楽俊の背中を追いながら、陽子は旅を続けた。



罵られる方が、まだましだった。大声で許しを乞おうとして、無意味だと気付いた。

自分は決して自分を許しはしない。楽俊に許されてたとしても、意味はないのだ。

許しより、罰を与えて欲しかった。こうして無視される事が罰なのなら、むしろ心地良かった。ならば、これは罪から逃げようとする私が作り出した都合のいい虚像なのだろうか。

「そうともさァ。」

前を行く楽俊の肩に、蒼猿が乗っていた。陽子は驚いて、その場に膝をついた。

「見捨てた男に導いて貰おうなんて考えてる時点で、あんた全く反省してないよなァ。変われないよ、お前は。卑しい、浅ましい人間のままだ。死んで詫びればいいじゃないか。改心すれば、罪は無かった事になるのかい?」


蒼猿は、きゃらきゃらと飛び跳ねた。陽子は微笑んだ。

「お前は、私なんだな。だから、鞘が死んでも現れる。だから、お前が乗っている楽俊も私なんだろう?」

楽俊は立ち止まると、にっこり笑って陽子を抱き締めた。
「好きだ、陽子。」


蒼猿が哄笑した。
「見殺しにしといて、まだそんな妄想してんのかい!」

陽子は楽俊の腕の中で笑った。

「そうだな、私は醜い。お前に私を罵られせて…自分で自分を責めて、罪を贖った気になっているのだから。」

蒼猿は顔を歪めて、掻き消えた。



「自分で自分に謝った所で、何の意味も無い。」
陽子は楽俊にそっと口付けた。楽俊は血を滴らせながら、次第に薄れて消えた。

「結局、先に進む以外、今の私に出来る事は無いんだろう。」
陽子は立ち上がると、再び歩き始めた。

「自分で自分を責めるのは、結局、自分が自分を許したいからに過ぎない。私は自分を許したくないのだから、罪を背負ったまま歩いて行くしかないんだ。」

楽俊はあいかわらず、振り向きもせずに陽子の前を歩いていく。

この恋も、このまま背負っていくしかないのだ。

罪の意識ですら、消すことは出来なかったのだから。



 

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