十二国記:楽陽小説

□邂逅
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雁国烏号。
船を降りた陽子は、港の大きさと賑わいに圧倒され、立ち尽くしていた。




「陽子。」

振り向くと、懐かしい灰茶の鼠が笑っていた。

「…楽俊。」

しばらく固まっていた陽子は、恐る恐る楽俊の手を取り、自分の頬に当てた。楽俊の細く冷たい指を感じて、陽子は、はたはたと涙をこぼした。

「生きていた。」
「お互いな。」

陽子がきつく目をつぶると、更に涙があふれた。耐え切れず嗚咽を上げ、楽俊の手を握りこんだまま、しゃがみこんだ。

「良かった…生きて…会えて…」

楽俊は、いつまでも泣きやまない陽子の頭を撫で続けた。

「もう大丈夫だぞ。よくここまで一人で辿りついたな。」

陽子の泣き声は、更に大きくなった。



漸く落ち着いた陽子に楽俊は、ここで働きながら陽子を探していたのだと語った。陽子が懸命に、楽俊を見捨てた事、とどめを刺そうとした事を持ち出しても、取り合おうとしなかった。

「いい感じになったな。」

逆に楽俊に褒められるに到って、陽子はついに楽俊から非難の言葉を引き出すのを諦めた。罪を罪と認めて貰えないなら、謝りようがない。

「楽俊、私は」

陽子は跪いて楽俊を見上げた。

「許して欲しいとは言えない。許される事ではないから。償いたいとは言えない。償い切れるものではないから。ただ、私はずっと、楽俊が無事なら他に何もいらないと考えていた。今、生きてまた会えたのだから、もう何もいらない。後は全部、楽俊にあげる。」


真剣に見つめる陽子の頭を撫でて、楽俊は微笑んだ。

「おいらはな、陽子はおいらを見たら逃げ出すんじゃないかと思っていた。」

「逃げる?まさか!」

「後ろめたさとか、煩わしさとかでな。いつまでたっても陽子が現れないのは、遠目においらを見つけて逃げたからなのかもしれない、と思いながら待っていた。陽子が一人でここに辿りつけたという事は、もうおいらの助けが無くてもやってけるって事だからな。」

「楽俊…」

「だから、陽子。おいらが声を掛けた時、お前が逃げずに真っ直ぐおいらを見てくれた事で、おいらは全て報われたんだ。おいらは、人と人との繋がりは、『また会えて嬉しい』と思える事が全てだと思ってる。陽子と純粋に再会を喜び合えたのなら、それ以上望むものはねェ。だから、見捨てたとか、信じてなかったとか、そんなのは大した問題じゃないんだ。」

楽俊の陽子の手を引いて、立ち上がらせた。

「行こう。海客は郷庁に願い出れば援助を受けられる。」




楽俊に手を引かれて歩きながら、陽子はその背中を見つめた。

楽俊の優しさは、いつだって揺るぎない。信じようが信じまいが、殺そうが愛そうが、全く変わらない。
 

私が何をしたって、楽俊の心を揺るがす事はできないのか。
 

陽子はその酷白なまでの優しさに、どうしようもなく惹かれた。
人の顔色を窺って、薄氷を踏むように生きてきた陽子にとって、楽俊の悟り切った冷たい強さは、蛾をおびき寄せる炎のように抗いがたく、陽子を惹きつけた。
 




その揺るぎなさの正体が、愛だとは知らぬまま。





 

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