十二国記:楽陽小説

□誓約 第二章
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:陽子:


衝立から現れたのは、ネズミではなかった。背の高い、闊達な顔つきの青年だった。

「楽俊…だよね?」

陽子は、いままで楽俊にしてきた事全てを思い出して、真っ赤になった。いままでの自分の強気な態度が、無意識に彼を舐めていたからだと気付いた。

こんな大きな手…自分を易々と捕まえてしまえてしまいそうな…


「陽子はウカツだな。」
楽俊は気楽に笑った。

本当にウカツだ…

今まで、楽俊が自分に手を出そうともしないのは、種族が違うせいなのだと思っていた。
でも楽俊は、人間の大人の男性だった。
つまり、私は本当の意味で楽俊に相手にされていなかったのだ。

陽子は激しく落ち込んだ。

でも…

「美女と野獣?」
陽子はそっとつぶやいた。
「え?」
聞き取れなかった楽俊が、不思議そうな顔をする。

「何でもない。楽俊はやっぱり私の王子様だったって事。」
「?」
「いいんだ、わからなくて。」


だって本当は、お伽噺とは全然違うから。愛を誓ったのは、私のほうだけだ。それに「末永く幸せに暮らしました」なんて終わる事はない。これから別れが待っている。

本当にここで終われたらいいのに。


でも、始まってしまった。

人の姿をした楽俊に、もう一度恋をしてしまった。

なぜ今なんだ?

別れが待っているというのに。








:楽俊:


「どうして、いつも人間の姿でいないの?」

陽子が、拗ねた様に責める。楽俊は困ったように目をそらすと、「楽だから」と誤魔化した。


もちろん嘘だ。
巧では、半獣は人型になる事も、服を着ることも禁じられていた。
でも、それでは雁に入ってからも(役所に行く時でさえ)人型をとらなかった理由にはならない。

(自分でもわかっている。おいらは陽子をだましていたんだ。)

巧で陽子は、妖魔に追われ、人に追われて死にかけた。
誰も信じられなくなった陽子は、命を助けてもらった楽俊にもずっと警戒を解かなかった。

もし楽俊が人の姿をしていたら、陽子は決して同行を許しはしなかっただろう。
彼をただのしゃべるネズミだと、害のない小動物だとあなどったからこそ、ついてきたのだ。

烏号で再会して、やっと勝ち得た信頼を失いたくはなかった。
正丁だと告げてはいたが、陽子が年下の少年のように自分に接するのをあえて咎めなかった。

ずっとだましていたのだとばれる位なら、下心のない、ただのお人好しだと思われているほうが良かった。

なのに、こんな形で白状するはめになるとは。
よりによって、陽子が自分を好きだといってくれたその日に。


陽子は今、別人を見るかのように自分を見上げている。

怒っているだろう。自分の恋した相手が、偽者だとわかったのだから。

でも、むしろこれで良かったのかもしれない。
どうせ、かなわぬ恋なら、ここで嫌われて終わりにした方が。



楽俊は潔く陽子を正視した。男物の服は以前と同じなのに、素材が全く違う。
ぎすぎすと骨張っていた肩は、今は柔らかな絹に包まれて折れそうなほど華奢に見える。

ようやく丸みを取り戻し始めた頬は、やや上気して、うるんだ瞳で彼を見上げている。


ぶっきらぼうで少年にしか見えない、なんて誰が言ったんだ?


陽子は甘えるように右手を差し出した。

「さっきみたいに、手をつないでもいい?」


どうやら嫌われてはいない様だ。

楽俊は息をついた。

「何だよ。さっきは有無を言わさず手を引張ってたくせに。」

陽子は口を尖らせた。

「ずるいよ、楽俊は。正丁なら楽俊の方が、私の手を引くべきだろう?」
「そんなもんかな。」
「そうだよ。」

楽俊が手を取ると、陽子は、はにかんだ微笑を浮かべて彼に寄り添った。
楽俊の心は陽子の、その初めて見せる表情にぐらりと揺れた。

なぜ今さら?
これ以上彼女を好きになって、一体どうやってあきらめろと言うのか。


しゃべるネズミと、すさんだ浮浪児というリミッターは今、ほぼ同時に解除された。

なぜ今さら?


別れの運命は、すでに宣告されているというのに。








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