十二国記:楽陽小説

□誓約 第三章
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「おいらは陽子のつくる国が見てみたい。」
「・・・うん。」

自分の涙を拭う為に楽俊が人型になってくれている。陽子は自分の帯を解くと、手早く着物を脱いだ。

「うわ、何してんだ。」
陽子は振り向かずに、楽俊に着物を押し付けた。

「まだ下に目一杯着込まされてるよ。・・・これを着て。私、もう少しだけ今の姿の楽俊と話がしたい。」

「全く、もう少し恥じらいってもんが・・・」
ぶつぶつ言いながらも、楽俊は着物を受け取った。


「・・・もういいぞ。」
陽子は、振り向きざまに楽俊に抱きついた。ネズミの時とはちがい、陽子の頭は楽俊の胸の位置にある。

「こ、こら!また・・・」

「楽俊、私まだ楽俊の気持ちを聞いていない。」
陽子は、切羽詰った目を楽俊に向けた。

「私は、王になると決めた。少なくとも、とりあえず出来るだけの事はやってみようと思う。そうなれば、私たちの旅はここで終わってしまうんだよ?だから、せめて最後に私の事、どう思っているか聞かせて?」

楽俊は静かに答えた。
「意味がない。おいらたちの旅はここで終わりだ。道は分かたれた。陽子は、陽子の人生を歩いていけ。おいらの事は忘れろ。」

陽子は揺らがなかった。
「意味はある。私は楽俊の事忘れないし、あきらめない。いつか慶を良い国に出来たら、必ず楽俊を迎えに行く。楽俊に慶に来てくれる気があるなら、道はまた交わるよ。」

(あいかわらず一度決めたら強いな、陽子は。)

楽俊が答えないので、陽子は彼の首に腕を絡めて懇願した。

「お願い。嫌いなら、女として興味が持てないならそう言ってくれればいい。そこから始めれば、いいだけなんだから。」

楽俊は、喉元に短剣を突きつけられた気がした。陽子ばかりでない、慶の民全員の剣が。

我らの王を奪う男が、また現れたのか、と。

嫌いだ、と、言ってしまえばいい。
こんなつまらない男との恋に気を取られて道を誤るよりはここできっぱり別れた方が。

それが陽子と慶の為だ。
言え。

「・・・おいらには、まだ自分でも整理が付いてないんだ。女として、とか、友達として、とかは。でも、陽子の事は好きだ。それだけは確かだ。」

楽俊は、口を付いて出た自分の言葉の不甲斐なさに唇を噛んだ。

応える事も、切り捨てる事も出来ない。最後の最後まで、誤魔化して逃げるつもりなのか。

しかし陽子は、にっこりと笑った。
「今は、その答えで十分だ。」

つい、と爪先立ちになって、楽俊にキスした。

楽俊は慌てて、陽子を引き剥がそうとした。が、彼女が精一杯の力で、自分に絡みついている、と知った時、楽俊は全てを忘れていた。

思い切り陽子を抱き締め、キスに応えていた。

「ん・・・楽俊・・・」

楽俊は、はっと我に返った。
もう一度押し戻すと、放心した陽子は今度は素直に体を離した。

「ごめん。陽子、おいら・・・」

「・・・あやまらないで、私が誘ったんだから。・・・嫌だった?」

楽俊は一瞬返答に困った。

「・・・そうじゃなくて、もっと自分を大切にしろよ。」

陽子は悪びれずに笑った。
「私はもう、相手の顔色を伺って、自分の気持ちを押し殺したりしない。私にとって、それが自分を大切にするという事だ。」

陽子の恋は、彼女自身の戦い方に、とてもよく似ている。
自分がボロボロに傷ついて血を流そうと、相手の返り血を浴びて汚れようと、大して気にも留めずに、止めを刺す。
陽子の刃は、今、彼女の体ごと、楽俊の心臓を貫いた。
もう逃げる事も叶わない。

楽俊は陽子に背を向けると、露台の手摺にもたれて雲海を眺めた。

「なあ、陽子。予王の話は聞いたろう。」

「うん・・・身につまされるな。」
陽子も隣に並んだ。

「私には予王の気持ちが怖いほどわかる。きっと彼女は、二人だけの世界で、無条件に愛されたかっただけなんだ。」

「陽子。おいらは」
楽俊は陽子を見据えた。

「おいらの事しか、考えられない陽子は、欲しいとは思わない。」

陽子は、びくりと身をすくめた。
「王は、民の事を一番に考えるもんだ。それすら出来ないなら、国は簡単に滅びる。予王は六年だったな。陽子は、そうならないと誓えるか?」

「・・・はっきり言って、自信は無い。」

「なら、慶は終わりだ。今は国のことだけ考えていろ。おいらなんかにこだわるな。陽子はこれから沢山の人と出会う。もっといい男なんて、幾らでもいるさ。国が落ち着いてから、ゆっくり選んだらいいじゃねぇか。」

「そして楽俊も沢山の女の人と出会う、私のいない所で。だから不安なんじゃないか。予王は、常に傍にいる半身の景麒でさえ疑った。私が、何時会えるか分からない楽俊に不安にならない訳が無い。」

陽子は、楽俊の袖にすがった。
「本当に、傍にいる方法は無いの?王宮でなくても、どこかに家を探して・・・」

楽俊は冷たい目で陽子を見下ろした。
「陽子、ただ、ネズミが飼いたいだけなら・・・」

「そんな事、言ってない!」
陽子は、あわてて首を振った。

「ごめん。楽俊には楽俊の人生があるのに。」

楽俊は「気にするな」と軽く手を上げた。

「そりゃあ、あるさ。おいら、雁の大学に行く。延王が便宜を図って下さるそうだ。」

「本当?すごい!」

「陽子を助けた褒美だってさ。陽子のおかげだよ。」

「・・・私からは、まだ何もお礼を出来てないのに。」

「さっき、もらったよ。」

「! あれは!・・・そんなんじゃないよ。」

「分かってる・・・陽子。」

楽俊は迷いながら話し出した。

今は突き放しても逆効果だ。だったら捕まって見せるしかない。それが本当に彼女の為になるのか、分からないが。

「陽子が不安になる必要は全く無い。おいらが、そういう形で陽子を裏切る事は、絶対に有り得ない。」

「? どういう事?」

「言葉の通りだよ。」

「他に誰も、好きになったりしないって事?」

「そうだな。陽子が国を滅ぼしたり、他の男を選んだりしない限りは。」

「・・・人の心を縛るなんて、誰にも出来ない。」

「できる。」

楽俊は、陽子にそっとキスした。
「今、縛られた。」

「・・・楽俊。」

「陽子は、しっかり前だけ見て、自分の道を歩いていけるか?おいら達が共に生きられる道は、その先にしかない。おいらは、もう歩き始めた。陽子も迷わず歩けるか?」

「・・・うん。」

「おいらを信じられるか?」

「うん、信じる。」

陽子は静かに涙を流した。

これからは、この、あまりに儚い約束だけを頼りに生きていく。

「楽俊は優しいけど、厳しいな。」
「そうか?」
「そうだよ。」

楽俊が再び涙を拭ってくれた。

二人で、雲海の上に広がる星を眺めた。








そして、千年の恋が始まる。










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