十二国記:冗陽小説

□資質
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−敢えて主命に背きました。お許しを。



そう言って、ジョウユウは気配を消し、陽子がどんなに語りかけても応える事はなかった。
自業自得とはいえ、ジョウユウの冷淡なまでの頑なさを陽子は恨んだ。



いや、恨んでいるのはジョウユウの方だろう。
私のために戦ってくれたのに、私は嫌がり、疎み、目を閉じて邪魔をした。

ジョウユウは、私を許していないのだ。

「ごめん、ごめんねジョウユウ。私が今まで生き残れたは、ジョウユウのお陰なのに・・・初めて憑かれた時の私の態度を許せないのは当然だけど、せめて謝らせて。」

返答は無かった。
背筋が震えたのは、ジョウユウの気配なのか、自分の嗚咽のせいなのか、陽子には判別出来なかった。












次の夜。
楽俊を露台で見送って、陽子は寝台に倒れこんだ。

王になる、と。とりあえず、出来るだけの事はしてみる、と決めた。だが、釈然としない気分が拭われる事はなかった。

「何故、私なんだ・・・?」

寝台にうつ伏せて、陽子は呟いた。

「なあ、ジョウユウ・・・。」
期待はしなかったが、やはり返答は無い。陽子は気にせず、語り続けた。


「どうして、誰も私が何故王に選ばれたのか答えられないんだ?景麒が選んだんだから、とにかく王なんだ。の一点張りだ。

麒麟は直感で王を選ぶという。男女のそれに似ているという。だが、景麒はあの時私に『願い下げだ』と吐き捨てたんだ。

景麒は私が気に入らなかったのに、選ばざるを得なかった。

それに、景麒は日本まで私を迎えに来た。会う前から私を選んでたんだ。景麒は理由も分からず、天に私を選ぶことを強制された。

天が、あの頃の私の何を見て選んだというんだ?ただの周囲に埋没した女子高生を。
 
他の王もそうなのか?
皆何故王になったのかもわからないまま、『文句は選んだ麒麟に言え』とふんぞり返っていられるものなのか?」

 
 
陽子は、仰向けに寝返って溜息をついた。

「王になりたくないから、ごねているわけじゃないんだ。私は、この世界で少しはマシな人間になれたかもしれない。これから、もう少しマシな人間になりたいと思っている。それが良き王になる道だと思った。


だけど、私が王に選ばれたのは、私がマシになるまえだ。いや、自分がマシな人間じゃないと気付く前だ。マシでない人間を王に望む国って、一体何なんだ?

私は、私がどんな王である事を望まれているのかも分からないまま、王になっていいんだろうか?」




「なあ、ジョウユウ。お前はどうして私なら出来ると思ったんだ?これは、きっとお前にしか分からない。全てを見てきたお前にしか。」









長い沈黙の果てに、陽子が諦めて目を閉じた時。

− スイグウトウが・・・
「え?」

陽子は頭に響く声に驚いて、起き上がった。

− 剣の見せた幻で、あなたは誰からも良く思われていた、と。

陽子は首を振った。
「違う。誰からも良く思われようとして、誰からも不満に思われていたんだ。」

− しかし、『得体が知れない』と思われながらも、あなたは、それぞれ立場の違う人達から直接非難される隙を作らなかった。

「弱かっただけだ。」

− それが、選ばれた理由かと。

陽子は、愕然とした。
「なんだそれは!私はこの中途半端な八方美人のせいで、日本での居場所をなくしたんだ!
だから、これからは人と本音をぶつけあって、マシな人間関係を築きたい、と決意したのに!」





しばらくの無言の後、ジョウユウは再び宥める様に語りだした。

− 予王は、王としての責務を全て放棄し、一人、機を織って暮らしていました。

「?」

− 官僚たちは、皆、それぞれの財産・地位を守ろうと、口々に勝手な事を言う。それに振り回される日々に倦み、自分だけの世界に籠ってしまわれたのです。だが、あなたは既にそれを自然にこなしていらっしゃった。


「・・・そういうものなのか?」

− 王とはそういうものです。官僚も民も皆、それぞれの権利を主張する。それを面倒に思い、一方の意見のみに従っていれば、他方はそれを不服とし内乱が起き、やがては道を失う事になるでしょう。

あなたは、あちらの世界で立場の違う人々を全て納得させ、かつ『得体が知れない』と畏れを抱かせていた。人はあなたがただ付和雷同しているのでなく、その奥のある確固とした意思を持って判断していると気付いていたのです。それが、今の慶東国の民が求める王の資質です。


「資質・・・」


− 麒麟は天の器。王を選ぶ直感を『天啓』といいます。そして、天意は民意。つまり、その国の民が求める王の資質を持つ者を、天が選ぶのです。


陽子は、ぽかんと呟いた。
「私が、民に求められた?」


− 台輔に選ばれたということは、民に選ばれた、ということです。胸を張って、ありのままのあなたで努力すればいい。それが、良き王となる道だと、私は思いますが。





陽子は、暫く黙ってジョウユウの言葉を噛み締めていた。
「・・・よく分からないけれど、少なくともジョウユウは私を認めてくれたと思っていいのかな。しかも、日本にいた頃の下らない人間だった私を。」

答えは返ってこなかった。おでこの辺りをぞろりとした感触が撫でて、ジョウユウの気配が消えた。




陽子は、不思議な気持ちで再び寝台に倒れこんだ。

自分の汚い部分こそが評価に値するものだと言われても、俄かに信じがたかったが、誰よりも、ジョウユウがそのままの自分を認めてくれている事が、ただ嬉しかった。




「しまったな。」
陽子は枕を抱き締めて呟いた。
「ジョウユウってどういう漢字か聞くの、忘れてた。」

もっともっと、話したい事がいっぱいあったのに。

初めて取り憑かれた時の態度を、許してくれるまで謝りたかったし、一緒に戦った日々を感謝したかった。一方通行は寂しすぎる。



「ここはやっぱり、何としても景麒を助け出して、命令を解いてもらわないと!」

何だか、うじうじとした悩みが消えて、世界が明快に見え始めた。







ジョウユウと話したい。
そこから始めよう。この気の遠くなるような道のりを。







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