十二国記:冗陽小説

□剥離
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金波宮から雲海に張り出した露台の上。あの配浪の夜と同じ月を陽子は見ている。
長い旅をしてきた。
沢山の人達に支えられて、ここまできた。
しかし、玄英宮で冗祐がくれた言葉がなかったら、陽子は王にはならなかっただろう。

最も醜い自分と、最も愚かな自分を、冗祐は許してくれた。
だから陽子は今、ここに立っている。


月を見上げる陽子に、景麒は眉根を寄せて言葉を続けた。
「冗祐を離すことはなりません。靖共の一派を一掃したとはいえ、いまだ朝が整ったとはいえず、
主上のお命を狙う者がいつ現れないとも限りません。」
「何のための大僕だ。」
「大僕が入れぬ場所もありましょう。」
 陽子と景麒は同時に溜息をついた。

「冗祐と何度も話し合って決めた事だ。
 拓峰の乱で、皆、私が自ら戦ったと思っている。だが、実際に戦ったのは、冗祐と班渠達だ。
 私は別に剣の達人でもなんでもない。なのに、私は自分が強くなったと錯覚していた。
 これは冗祐に対して失礼だし、皆に対しても失礼だ。」
 
そんな、と景麒が口をはさんだ。
「麒麟の使令は王の物。使令の力は、即ち主上のお力です。」

陽子は笑って首を振った。
冗祐の支配はあまりに滑らかで、陽子は自分が剣を振るっているかに思えた。
冗祐の気配は心地良くて、自分の体温のようだった。

自分の体の中で、どこまでが冗祐で、どこまでが陽子なのか、
陽子はもう随分前から判らなくなっていた。

それは、まるで二人が溶け合っていくようで、いかにも甘美に思えた。だが、同時に恐ろしくもあった。
あの夜の蒼猿の言葉とはむしろ逆で、自分こそが、冗祐を取り込み喰らうバケモノなのではないか。
今、冗祐を解放しなければ、自分はもう一人で立つことすら出来なくなるのではないだろうか。

「私は自分の剣の腕をみがく。もちろん、危険な場所に行く時は、冗祐に来てもらう。約束するから。」
景麒は、諦めたように目を伏せた。
「わかりました。・・・冗祐、戻れ。」

首の後ろから、どろりとしたものが抜け出てきた。喪失感に陽子は唇を噛んだ。
自分を包んでいてくれた温かなものが消えていく。
陽子は無理に微笑んで、両手を胸の前で掲げた。
「冗祐、ここにおいで。」

肩から腕を伝って、冗祐がとろとろと降りてくる。陽子は冗祐を両手で包んで、赤く燃える目を見つめた。
あんなにも長い間、誰よりも近くにいたのに、こうして見つめ合うのはこれが初めてだった。


「今まで、ありがとう。・・・お別れじゃない。これでお別れじゃないよ冗祐。
 このままじゃ私達、いつか本当に溶けてひとつになってしまう。
 私達、ふたりに戻って、もう一度出会うんだ。」






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