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□影の国(未完)
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 聞こえたのは、砂時計の中で擦れ、落ちてゆく砂の音と、口笛の音のような高い風音だった。
しかし、それはまるで無音という名のノイズに包まれているようで、この音が遠いのか、近いのか、はたまた、この音は本当にこの耳から聞こえているものなのか、それすら分からないほど不安定な音だった。

肌で感じる風はひどく乾いていて冷たい。

ひどく眠たかったのだが、冷えたからだが再び眠らせようとしてくれなかったので、しょうがなくいままで閉じていた瞳を開け、寝そべっていた体を上げてみる。

 そこは森だった。しかし、なんとも異様な、白と黒の。

一直線に伸びる小道の左右を幹も葉も全てが漆黒の木々が、全て同じ高さで同じ枝を持ち、均等な感覚できれいに真っ直ぐと立ち並んでいた。
木々だけではない私が今まで寝そべっていたであろう道や空までもが不自然なほどの黒を身に纏っている。
木々の間から見える向こう側と空の真ん中に三つ、綺麗に並んだ月らしきものだけが、異様に白い。時折、月から降り注ぐ光が黒いもので隠れ、辺りが暗くなるのを見ると、どうやら雲も黒らしい。

そう、まるで、切り絵のようだった。木も道も空も全てが直線で切り揃えられたなんとも無機質な風景。絵本をつなげたような不思議な世界。

そういえば、風も強弱がなくただただ一定の強さで吹いている。
なんとも、気持ちの悪いところだ。
食い入るように周りの二色の風景を見つめていれば、次第に他の色を忘れてしまうような恐怖感に襲われた。
思わず、自分の手を見てみる。
黒でも白でもなく、いつもの肌色だ。フッと安堵の息を吐く。

「おい…」

足音のひとつもなく突然かけられた、背後からの声。少し疲れた、女の声だった。

「久しいな」

あわてて振る向く私の顔を見て、いかにも気が強く気難しそうな顔が少しだけ綻んだ。
腰まである髪に、細身の体によく似合うカクテルドレス、つり目気味の目じりにある泣きぼくろの近くにはうっすらとシワが見えた。まるで全身から他人を拒絶するような雰囲気を出しているような女性だった。思わず身構える。
 
 …彼女もまた白黒だった。

 髪やドレスは黒く、肌は白い。開かれた口腔の奥は深い闇のようで、吸い込まれるようだった。
 返事を返さない私に女は特に気にした様子もなく、私の頬に手を伸ばし、まるで何かがついているのを払うように撫でた。抵抗はしない。

「動かないと、飲み込まれるぞ。」

 飲み込まれる?

理解のできない言葉に、首をひねる私に女はゆっくりとした口調で言った。色白の細い腕が差し出される。キンモクセイの匂いがした。



「おいで。ここは寒いだろう、なにかあたたかくなるものを出そう。」



             確か、君はココアが好きだったね。



 黒と白の女性は、人を拒絶するような冷たい印象に似合わない笑顔を私に向ける。
 私は彼女の発言に驚き、口を開いた。

「私のこと、知ってるんですか?」

「知ってるも何も…」

「私…何も覚えていないんです。自分が誰か思い出せないんです。」

 事実、私には目が覚めるまでの記憶がない。しかし目が覚めてからもまるでそれが当たり前のように感じていたので、気にもしなかったのだ。きっと、自分に過去などないように思えていたのだ。
 私は、視線を地面に泳がせる、言わなかった方がよかったのだろうか、女は何か考えている様子でジッと私を見ている、しかししばらくしてからクスリと笑い。冷たい黒の地面についている私の右手を拾い上げ、自分のと繋がせた。とても冷たい。

「おいで?」

 拒否を許さないような強い声。まだ眠いせいか特に断る理由がないせいか、私は無言で頷いた。
 



 しばらく、彼女に手をひかれ、一直線の道を歩いていると、ふと、獣の息遣いが聞こえてきた。速いリズムで繰り返される低い呼吸音。どんどん近くなっていく。

「あの…」

「ん、なんだい?」

「なにか、近づいて来ませんか?」

 女は驚いたように私を見る。

「へぇ、流石だね。近くにあたしの犬がいるんだ。」

「犬ですか?」

「あぁ、見てみるかい?…おいで、クル」

 彼女の呼び声であの息遣いとそして先ほどまで全く聞こえなかった土を蹴る足音が聞こえてきた。すぐそばで音が止まる。しかし、その姿は見えなかった。

「よしよし…」

 しかし、女は私と手をつないでいない左手で宙をなでる。

「こいつは猟犬なんだ。だから外にいるときは体の色を変えて、見えなくする。黒いところは黒く。白いところは白くね。触らない方がいい。私以外には触れさせないからね、腕を食いちぎられるのがオチだよ。」

「はぁ…」

 見えない猟犬など、恐怖の対象でしかない。頼まれたも触るもんかと思った。
 獣の息遣いは荒い。しかし、女になでられることによって、その息遣いにも喜びが感じられた。なるほど、見えなくとも正体はただの犬と同じなのだろう。






 握っている手が少しだけ汗ばんできた。

 歩き始めてから随分と経つが、一向に目的の館は見えない。ただただ、白い一歩道だ。
 疲れてきた。しかし、私の斜め前で私を引っ張るように歩いている女からは、そんな様子は微塵も見えなかった。
鼻からの呼吸では苦しくなり、女にばれないように、口で呼吸を始めた。呼吸の速度が女の速い足音とリンクする。


「気付いていると思うが、君がこの国に来たのは2度目だ。私と君は悪友だ。よく二人でやらかしたんだよ」


「…へえ」


女は話し続ける。表情はどこか和らげだ。
 

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