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□虚言癖な彼女
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肌寒い風が部室を流れていく夕方時。
他の部員は帰宅してしまい、今この文芸部の部室にいるのは、僕と僕の机の上にだらしなく体を伸ばしている僕の彼女だけでした。
彼女は伸ばした自分の腕を枕にして呆けた表情で、薄汚れた窓の先に見える空を見ています。
特に用事がある訳でもないので、彼女に帰ることを勧めずに、僕は本を読み続けました。
部室には、だだただ、僕がページをめくる音だけが響きます。
「あたし、明日留学するんだ。」
彼女は何気なしに話し始めました。僕は動揺しません。彼女が真顔で冗談を言うのはいつもの事だからです。
「どこに」
「うーん、ここの真下。かな」
「ブラジルか」
「うん、そうそう」
僕は彼女の「そうそう」が好きです。とても生きている感じがするから。
「だから、ね」
彼女は上目遣いというよりは、睨みつけるように僕を見て続けます。
「飛行機は使っちゃだめだよ。スコップは良いけど園芸用の小さい奴以外は駄目だよ。それでね、」
あたしを追いかけてきなさい。
「うん、わかったわかった」
僕の生返事に彼女は気を悪くしたようで、女の子らしくなく舌打ちをしました。
「嘘はつかないよ。あたし。」
「じゃあ、本当にブラジルにいくんだ。」
「正確には君の真下にだよ。」
「そう」
「そうなんですよ」
彼女は続けます。
「ねぇ、寂しい?」
僕は目線を彼女の高さに合わせて言ってやりました。
「そりゃあ、勿論」
彼女はふにゃりと笑ってから、立ち上がり、帰る準備を始めました。
「会いたくなったら、掘ってきてね。あたしずっと真下にいるからね。でもなんていうか、
あたしはさっきので満足だ。」
次の日、学校に彼女はやってきませんでした。
電話も通じません。
どうやら彼女は、本当にブラジルへ。僕の真下へと行ってしまったようです。
下校時刻が迫る部室はガラリとしています。
僕以外、誰もいません。
僕は,一人です。
「よし、よしよし」
右手で左の腕を擦り、不安を紛らわせようとしました。
無音よりかは幾らかましです。
まず、自分が何をしなければいけないのかを考えました。
焦る頭は本当に役立たずで、僕は答えを出すのにとても時間が要りました。
いつもなら彼女が隣にいて、落ち着きなさいと言ってくれるのに。
彼女はいません。
「……探さないと。」
そうだ、彼女は追いかけてこいと言った。
早く、追いかけてあげないと。
早く、見つけてあげないと。
「よしよし」
僕は落ち着くまで暫く腕を手のひらで擦り続けました。
一定のペースで流れる摩擦音に、僕のボソボソとした声。
無音よりも幾らかマシです。
「そうだね。掘らないと、待ってくれてるんだから」
本当に真下にいるかは疑わしいんですけれど、彼女はホラ吹きだから。
僕はスコップを探しました。勿論彼女の言った通り、園芸用の小ぶりな奴です。
事務室のおじさんには、流石に彼女を掘り起こしたいなんて言えなかったので、適当に誤魔化しました。
疑わずに貸し出してくれるおじさんを見ていると、本当の事を教えたくもなったのですが、そういう訳にもいきません。
次に僕は彼女を掘り出した時、彼女が見て喜んでくれるような場所を探しました。
きっと、一番は部室なのでしょうが、床を壊すわけにもいかないので、諦めました。
イロイロな所を探し回って見つけたのは、学校の中庭で咲き誇っている桜の木の下でした。
満開です。きっと彼女も喜んでくれるでしょう。なんだか、ウキウキしてきました。
「すぐに、見つけてあげるからね。」
根元に当たらない程度に桜の木に近づき、スコップを堅い地面に突き刺しました。
「………。」
彼女が呼んでいるような気がしました。いや、呼んでるんだ。
僕はただ無心に掘りました。
地球の直径が何センチなのかなんて、僕には関係ありません。
「そうそう、風邪引いちゃってね。病院行ってきたの。」
マナーモードにしてたから気づかなかったよ。と彼女は笑いました。
僕はとても驚いて彼女の顔をジッと見ました。
顎の辺りにあるニキビ跡に、右の耳のたぶにある大きなホクロ。
どうやら彼女は、ブラジルには行っていなかったようです。
では、
では、僕が掘り出した彼女は誰なのでしょうか。
腐敗始まって暫く経っている、酷いニオイをしたこの彼女は。
僕がプレゼントしてから、毎日、昨日もつけていたブレスレットをしているこの彼女は。
誰、
戸惑う僕に、生きている彼女はニコニコして言いました。
「どうしたの、顔色悪いよ?」
彼女はブレスレットをつけていませんでした。