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□A Lily Of The Valley。3
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A Lily Of The Valley。3





あの時、手を離したのは誰…?

あの時、唇を離したのは誰…?





穏当な橙色に染め上げられている虚空に、数羽の黒色の烏が静謐な帰途を辿っている刻。
「……」
自室に存在している簡素なベランダの片隅で、真吾は眼前に展開されている静穏な夕陽を無言で見据えていた。
『悪ぃ…。少しだけ、一人にしてくれ…』
鋭利な黒色の双眸に確然とした悲愁を湛え、乱雑な逃走を示す様に魔界へと帰還していった青年の屈強な背中に、自身の双眸を僅かに細める。
(…メフィスト二世…)
数日前に突然展開された無情な現実に、胸奥に暗鬱な疼痛を宿された。
(何で、僕を見て悲しそうな顔をするの…?)
僅かな褪色を呈している手摺りに両腕を緩慢に密着させ、左頬を其処に預けた直後。
『…俺は、御前の"親友"だからな…』
無難な反応を示し、端整な外面の裏側に隠蔽している悲愁を察知させない様に、"親友"という単語を頻繁に使用する悪魔の双眸が脳裏を小さく掠めた。
「君と僕は、本当に"親友"ってだけの関係なの…?」
静謐な口調で簡潔な独り言を呟き、寂寥を滲ませた小さな溜め息を吐き出す。
青年からの解答が贈り付けられる事は無いと理解していながらも、其れを表出せずにはいられなかった。
「ねぇ、メフィスト二世…。答えてよ…」
君の笑顔を奪ってる理由は、僕何だって…。
穏当な橙色が消失し、上品な紺色が混入を開始した虚空に、僅かな悲痛を含んだ言葉を投げ掛ける。
君が辛い顔をしてると、僕も辛くなってくるんだ…。
静穏な微風を自身の右頬で丁寧に受容してから、両瞼を慎重に閉じた直後。
「―時化た面何かして、どうしちまったんだ?」
俺に黙って塞ぎ込む何て、御前らしくねぇな―。
聞き慣れた青年の婉然とした低音が、両耳の鼓膜に僅かな振動を与えてくる。
「……!」
其れに大きな驚愕を与えられ、瞬時に両瞼を開くと同時に、青年が静謐に自身の右隣へと降り立った。
「…何でも無い…」
先程から紡ぎ出していた率直な言葉を強引に掻き消したい一心で、真吾は視線を足元に落としてから、無難な反応を呈する。
(…真吾…)
突然突き付けられた少年からの無情な拒否に、メフィスト二世は自身の胸奥で僅かな焦燥を覚えた。
(……)
しかし、其れを眼前の彼に察知される訳にはいかないと乱雑に首を横に振ると、困惑を含んだ苦笑を浮かべた。
「…其れとも、俺には言えねぇ様な事だったか?」
自身の動向に鋭敏な模索を手渡し、恐々と投げ掛けられてきた其れに、奇妙な焦燥を植え付けられる。
普段ならば即座に隠蔽出来る感情が憤怒へと変貌を遂げ、脳裏で激烈な爆発を示した。
「…好い加減にしてよ…」
予想外の乱暴な言動を緩徐に突き返され、メフィスト二世は自身の双眸を僅かに見開いた。
「…真吾?」
少年の名前を慎重に呟けば、双眸に確然とした憤怒を含んだ透明な雫を浮かべている事実を突き付けられた。
「…御前、泣いて…」
素直な困惑を示している右隣の青年を敢えて構わない儘、真吾は沸き上がった本能に抵抗出来ずに、乱雑な口調で言葉を投げ捨てた。
「好い加減にしてよ…!僕に何を隠してるのか知らないけど、君は僕の"何か"を知ってて、僕は君の"何か"を知らない…!そんなのって、どう考えても可笑しいじゃないか…!君は、僕を何だと思ってるんだ…!」
両肩に僅かな振戦を呈し、大きな苦痛を宿した嗚咽を間断無く漏らす少年の姿に、メフィスト二世は無意識に自身の両腕で彼の上体に丁寧な抱擁を施した。
そして、猛然とした苦痛を滲ませた言葉を大切に紡ぎ出す。
「頼む…、泣かないでくれ…。俺は、御前に泣かれんのが一番辛ぇ…」
上品な白色の手袋を装着している彼の左手が、後頭部に静謐な愛撫を施されている現況に、真吾は予想外の驚愕と疼痛を同時に与えられた。
『…愛してる、真吾…。俺は、御前が側に居てくれりゃあ、其れだけで良い…』
胸奥で鋭利な警笛の様に、一定の反響を示す夢路内での少年の言葉。
『君ったら、またそんな気障な事言って!…でも、僕だって同じ気持ちだからね…?』
熱烈な少年の告白に、自身の外面に酷似している少年の正直な反応。
其れ等の断片を交互に手渡されると、真吾は自身の双眸から悲愁を浮かべた雫を再度滴り落とした。
(どうして…、こんなに悲しいの…?)
夢の中の二人は…、僕達では無い筈なのに…。
緩慢に首を横に振ってから、青年の背中に両腕を慎重に絡ませた直後。
『御前は、不的確なのだよ…。救世主の三男、埋れ木真吾…』
銀色の艶やかな頭髪に、冷淡な黒色の双眸を所持している細身の少年が浮かべている不敵な微笑に、不可解な恐怖を与えられた。
「い、嫌だ…!!」
彼の不気味な存在を即座に消去したい一心で、眼前の青年の胸板を背中に絡ませていた両腕で乱暴に突き放す。
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