司書室1

□♪♪愛情Cycling♪♪
1ページ/1ページ

「あら、あの娘ったら何処に行ったのかしら」
空が緋色から藍色に染まり始めた刻。
落ち着きなく辺りを見回しながら、男性は首を傾げた。
黒色の髪先を金色に染めて屈強な体格をしている彼の名前は"真田信之"という。
武田家当主"武田信玄"に忠誠を誓っている"真田昌幸"の息子である。
廊下を歩き、中庭や生け垣に視線を向けた瞬間。
何気無く吐き捨てた言葉に感化されて飛び出していった妹の背中を思い出して小さな溜め息をついた。
「全く、直ぐ本気にするんだから…」
独り言を呟いてから勢い良く襖を開け放つ。
室内を双眸だけで見回してから天井に向かって声を掛けた。
「佐助!居るなら降りて来て頂戴!」
数秒後、間の抜けた様な少年の返事が鼓膜を振動した。
「はーい」
予想通りの人物の来訪に信之は微笑を浮かべる。
鮮やかな橙色の髪を無造作に揃え、切れ長の双眸を宿している少年の名前は"猿飛佐助"という。
若年でありながら非常に切れ者で、信之直属の忍でもあった。
佐助は欠伸を噛み殺して左手で頭を掻きながら口を開いた。
「何かしました?真田の旦那」
彼の問いに、信之は僅かに焦燥を含ませた声で答えた。
「あたしの妹が居なくなっちゃったのよ。探して来
(あーぁ…、面倒臭ぇ…)
心の中で毒突いてから双眸を細めて首を数回程回した。
「栗色の髪に赤い着物を着た女の子だからね。頼んだわよ」
「…了解っと」
信之の反応を待たずに、佐助は一瞬でその場を後にした。





薄暗く、冷たい風が吹き抜ける雑木林。
「姫ぇ、お迎えに来ましたぁ」
辺りを敷き詰めている雑草を踏み付けながら佐助は細い獣道を歩く。
梟の鳴き声と山犬の遠吠えが鼓膜を振動した。
(こりゃ、早く見つけないとヤバいね)
「姫ぇ、何処に居るんですかぁ。もう帰りましょうよぉ」
前方の枯れ草を両手で掻き分け、ゆっくりと見回した直後。
弱々しい少女の歔欷の声を認識させられた。
(―あの娘かな)
豪華な深紅の着物に身を包み、柔らかな栗色の髪を整然と纏めている少女の背中が視界に飛び込んできた。
「幸姫様?」
初めて対面する主人の身内に軽い緊張を覚えながら名前を呼ぶ。
すると、少女は涙に濡れた双眸を佐助に向けた。
細くて小さな身に強い輝きを宿し、非常に可愛らしい顔立ちをしている彼女の名前は"真田幸村"という。
"真田昌幸"の娘であり、"真田信之"の実妹でもある。
(…うっわ。凄ぇ可愛いじゃん…)
全身の血流が加速し、心臓が暴れる感覚に佐助は困惑を隠せなかった。
しかし、それに浸ってる訳にもいかず口を開く。
「帰りましょう。信之様が心配されて…」
「嫌だ!」
強い口調で言葉を遮られて、思わず双眸を見開いた。
そんな佐助の様子に構わず、幸村は投げ掛けた。
「私は子供ではないのだから、兄上に心配される覚えはない!」
あまりにも強気な態度に佐助は苦笑して左手を自分の髪の毛の中に差し込んだ。
(あっちゃー…)
「それに、兄上が私に言ったのだ!"今夜、山に1人で居れたら子供じゃないって認めてあげるわよ"と!だから…!」
言い終えるより先に泣き出した幸村を優しく抱き締め、彼女の感触を取得してから佐助は落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
「大人になる何て、ゆっくりでもいいじゃないですか。それに、姫を大事だと思ってる人を困らせてる様じゃ大人とは言えませんよ?」
「私を、大事だと思ってる人とは?」
佐助の言葉に、幸村は僅かに驚いて聞き返した。
彼女の反応を一瞥してから右手で後頭部を撫でながら答える。
「信之様や大将。後は俺とかです」
「……」
無言を返す幸村を諭す様に佐助は語り掛けた。
「今は納得出来ないと思いますが、何時か分かる日が来ますよ。だから、今日は帰りましょう?」
自分を否定せずに受容を示してくれた彼。
その穏やかな体温と心音に意固地になっている自分を追放され、幸村は泣きながら謝罪する。
「…ごめんなさい…、ごめんなさい…」
触れ合っている箇所からお互いの感触を共有しながら、佐助は幸村が落ち着くまで彼女の背中を右手で撫で続けた。
(本当に、誰よりも可愛い姫様だね…)
そんな2人を祝福する様に、紺色の空に君臨する満月と無数の星が明澄に照らしていた―。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ