司書室1

□☆☆飴玉Rock☆☆
1ページ/2ページ

「あーぁ…」
冬の寒さが消え、陽の光に暖かさが宿り始めた昼下がり。
間の抜けた欠伸を出し、俺は1人で上田の城下町を歩いていた。
左右に広がる露店や人並みを一瞥してから小さく溜め息をつく。
懐に左手を差し込み、武田の爺さんからの文を開いて直ぐ折り畳んだ。
…Marriage、か…。
実感もその気もねぇ分、考えただけで鬱になる。
その話を持って来られた時は"名前しか知らねぇ女を正室にする何ざ真っ平御免だ"って突っ撥ねたんだが…。
口煩ぇ誰かさんに"武田を敵に回すのは得策ではありません"何て説得も受理もされなかったら…こんな結果にはならなかったんだろうな。
自分に関係ねぇからって無責任な事を。
俺の気持ちは完璧に無視じゃねぇか。
…この時世、惚れ合った奴等が一緒になれるって方が珍しいのは分かっちゃいる…。
だが、俺の正室になる予定の女は凄ぇ戦上手らしく巷では"虎の若子"って異名を持つ程だ。
男と一緒に戦場に出て多くの戦功を上げてる様な奴らしいから、激ブスで救い様のねぇ筋肉女の可能性は高い。
…粋な女を添わせるのが粋な男の誉れだってのによ…。
Ahー…、Shit…。
俺が何をしたって言うんだ…。
時間の経過と共に重くなっていく両足を疎ましく思い、屋外に設けられた茶屋の腰掛けに腰を降ろした直後。
「ちょっと姫!何処に行くんだってば!」
焦燥を含んだ男の声が鼓膜を振動し、興味を覚えて前に視線を向ける。
すると、朱色の綺麗な着物を着た栗色の髪を持つ女が笑いながら勢い良く走って来ていた。
「外れの露店で蒔絵の櫛が安いのだ!今買わずに何時買うと言う!」
明るく、元気な声。
擦れ違った瞬間に鼻から入り込んできた甘い残り香に心臓が暴れる。
数秒間だったが、何故かその女の事が頭から離れなくなった。
有り得ねぇぐらい凄ぇ可愛い顔に綺麗にバランスの取れた体。
俺の好みでもあり、理想でもあった。
腰を上げ、後ろを凝視すれば女は言葉通り露店商から櫛を買っていた。
そのまま足を動かし、僅かに距離を縮めた直後。
「ったく、結婚控えてる身なのに勝手に出て歩かれちゃ困るよ。只でさえ騙され易いんだから」
…Huhn?マジかよ…。
思わず落胆の色を隠せなかった俺に気付かないまま、女は顔を顰める。
「少しの買い物くらい、いいではないか。放っておいてくれ」
「あっそ。そんな可愛くない事言うんなら、乱暴な狼さんに食べられても知らないから」
言い終えると同時に男は眉間を歪めてから一瞬でその場から姿を消した。
男の気配が消えてから、女は寂しげな声で独り言を呟く。
「…結婚など、したくてする訳ではないわ…」
あんたもそう思ってる1人って訳か。
I think so too.
同じ境遇同士、仲良くしようぜ。
それを聞いてから、俺は静かに問い掛けた。
「なぁ、茶でも飲みに行かねぇか?」
突然の言葉に、女は驚いて俺に視線を合わせる。
「貴方は?」
問い返され、一瞬だけ考え込んだ。
幾ら同盟国になるとは言え、素性の知れねぇ女に簡単に名を明かす訳にはいかねぇ。
咳払いをしてから適当な名前を吹き込んだ。
「―藤次郎とでも呼んでくれ」
「藤次郎殿、ですか。私は真田幸村と申します」
微笑しながら自己紹介をされ、俺は左目を見開いた。
真田幸村だと…!?
出来過ぎな偶然に驚きと喜びを覚えてから、自然と口角が上がった。
まさか…、あんただったとはな。
上田まで来た甲斐があるってもんだ。
さっきまでの鬱な気持ちが一気に吹き飛び、両足が軽くなる。
そんな俺の様子を悟る事なく、幸村は色好い返事を紡いだ。
「えぇ、私などで宜しければお供させて下さい」
Cuteな上にModestじゃねぇか。
益々気に入ったぜ。
「Thank you.」
沸き上がった感情を飲み込んでから、俺は幸村を連れて足を動かした。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ