司書室1

□†紅いときめき†
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「…詰まらない」
屋敷の中庭の紅葉が紅く色付き始め、段々と晩秋の足音が近づいてきている上田の地。
未だに敷かれたままとなっている自室の布団の上に寝転がり、幸村は表情を曇らせた。
枕元に置かれた紙片を右手に取り、綴られている文章を眺めた。
『幸ちゃんへ♪
佐助と一緒に買い物に行って来るわ♪
直ぐ帰って来るからお留守番頼んだわよ♪
信之より♪』
兄から残されたそれに双眸を細め、瞼を閉じる。
(起きてれば良かった…)
昼食を済ませた後に眠りに就いてしまった事を後悔して大きな溜め息をついた直後。
ある考えが頭の中に思い付き、幸村は瞼を開いて素早く上体を起こした。
(ちょっとぐらいなら)
微笑を浮かべてから素早く立ち上がって勢い良く襖を開いた。
「行って参ります!」
元気よく独り言を呟いてから、幸村は玄関へと足を向けた。





「ったく、久々の買い物だからって張り切り過ぎですよ」
紫煙を燻らせ、悠然とした様子で前方を歩く信之に向かって佐助は不平を漏らした。
(着れないのに女物の着物ばっか買って)
両手に持たされた多くの荷物の重みに眉間を歪める後方の部下を一瞥してから、信之は穏やかな声で言う。
「いいじゃないのよぉ。誰かに迷惑掛けてる訳じゃないし。折角一段落付いたんですもの、新しい着物を買ったぐらい祟られないと思うけど?」
足を動かしながら投げ掛ける彼に軽い目眩を覚えて小さく息を吐いた。
(駄目だ…、この人…)
故意に論点をずらされ、普段の心労が一気に襲いかかってきた瞬間。
「うわっと!」
不意に足を止めた信之の背中に正面から衝突してしまった。
「もぉ!いきなり止まんないで下さいよ!」
先程から抱いていた不満を露呈した。
しかし、そんな彼の態度に構わず信之は言葉を紡いだ。
「…あのお糞餓鬼…、何なの…?」
信之の視線の先には、留守を頼んでいた筈の少女と親しげに会話を楽しんでいる右目に眼帯を装着した少年の姿が映し出されていた。
(あっ、そういう事ね)
彼が凝視している前方を眺めてから、佐助は静かに言い放つ。
「…あれは将来幸姫様の旦那様になる子ですよ。名前は確か…」
「ふざけないで頂戴!」
佐助の言葉を遮る様に、信之は声を張り上げた。
「伊達だか何だか知らないけど、あんな薄汚い餓鬼があたしの幸ちゃんの旦那になる何て!間違っているわ!」
予想外の主の反応に怯みつつも、佐助は苦笑を浮かべた。
「間違ってるも何も…。両国間で決まった事ですし…」
彼の言葉に何度も首を横に振り、信之は眉間を歪めた。
「駄目よ。あたしが許さない…」
幸村の右手を取って歩を進める少年の背中を睨み付けながら、信之は振り返らずに言った。
「…追うわよ」
「…はーい…」
彼の言葉に抗えず、佐助は呆れた様に双眸を細めて肩を落とした。





(…可愛い…)
左手から伝わってくる彼女の体温と感触に、政宗は頬を紅く染めた。
歩調を合わせ、言葉も紡げずに無言で足を動かした。
幼馴染みであり、初恋の相手でもあった幸村が武田と伊達の同盟の証として許嫁と決定されてから三月。
今まで噛み締めた事がない猛然とした喜びに全身を包まれていた。
「団子でも喰うか?」
「はい」
茶屋の外に設けられた長椅子を見掛けて首を縦に振った彼女と並んで腰を降ろす。
政宗と幸村の背中を建物の陰から交互に一瞥し、信之は唇を強く噛み締めた。
「許さないわよぉ…、あんな餓鬼との交際ぃ…」
(あーぁ…、此処までくると末期だね…)
嫉妬に狂う彼の様子を認識してから、佐助は困った様に小さな溜め息を付いた。
(まぁ…、分からなくはないけど…)
心の中で呟くと幸村が左隣に腰を降ろしている政宗の左手に自分の右手を重ねる。
潤んだ双眸を政宗に向けて、悲愁を宿した声で投げ掛けた。
「帰りたくないです…」
初めて耳にした大胆な発言に、信之は小声で驚きを示した。
「何ですってぇ!?」
「信之様!今飛び出したらバレますって!」
慌てて彼の着物の裾を強く掴み、佐助は静かに制した。
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