ダブルアーツ

□浮熱中
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今日は日曜日。もちろん学校も休日である。
その休日を利用しての本日、午前中からたった1人の少年にとって人生で一番の一大イベントがあったのだ。









「ゲホッ、ゴホッ…」


少年、キリは今、風邪の真っ最中だった。それも軽度の席や鼻水などの程度ではなく、熱も38.2度を記録しているし、目も虚ろ気である。つまり、重症であった。
それでもキリにはやらねばならないことがあった。意識が朦朧とする中、尚も携帯に手を伸ばし、その完全に開ききらない目で覗き込む。
それから待ち受け画面で一通の未読メッセージがあるのを確認すると飛び上がるように起き上がった。勿論、直後に頭の激痛に悶える。痛む頭を抱えながら画面を覗き込むとこの通りの文面だった。


『残念です。
 でもしょうがないです。
 私のことは気にしなくていいですから、今日はしっかり休んでくださいね。
 お大事に。』


「(……………………くそぅ…)」


今日、キリには一世一代の大イベントがあった。
それがそう、今キリが絶賛片思い中の相手、エルーとのデートだった。
何度かやはり2人で出かけたことはあったものの、すべてキリから約束をこじつけたし、キリがいくらあからさまに"デート"を強調しようと、エルーにその自覚は全くと言って良いほど無かった。


だからこそ、
今回の、初めての、
エルーから誘ってきてくれた誘いを断るわけにはいかなかったのだ。


「(ほんっと、何やってんだか…オレ)」


自分が自分で情けなくなる。
今回の約束こそ特別な約束だった。なのに何故、何故今日風邪なんかをひいてるのだ自分は。ふざけるな。
やるせなくなってベッドに沈む。バフンッと音がしてやがて静まり返った部屋の、なんの変哲もない天井を仰ぐ。
つまらない。つまらないのだ。本当に。


「(……エルーに会いたい…、)」


怠くて関節が痛い。ついには女々しい考えに捕らえられて涙腺まで崩壊し始めた。流れこそしないが涙で視界が、滲む。
ぼんやりとぼやけた視界を閉じて眠りに落ちようとした。


――――ピンポーーン…


「、」


チャイムの音がして一気に覚醒する。
携帯を確認するとさっきから10分も経っていなかった。ベッドの中から出ずにいると玄関の方からガサガサとビニール袋の擦れる音がした。
誰か、来た。


「(スイかな…。見舞いなんて気の効いた奴じゃないし、暇つぶしかな、)」


のろのろとベッドから這い上がる。再びチャイムが鳴った。はいはい、と言いながら重い頭を右手で支えて向かう。
正直スイだったら相手したくなかったし、さっさと寝たかった。この気だるさと長く付き合っていたくなかった。
さっきのやるせなさも手伝っている。思い出すとまたぶり返す切なさに、顔が歪むのがわかった。

そのまま扉を開けると思わず、時間が止まった。


「………………………え、」

「あっ、あの!その…スイさんに家の場所教えて貰って…」

「……………………………」

「えっと、風邪薬!風邪薬買ってきたんです。あと、一人暮らしって聞いたので簡単に食べれるものとか…あと…、」

「……………………………」


扉の向こうに居たのは、先程キリが約束をドタキャンしてしまった相手、エルーだった。わたわたとしながらせわしなく用件を言う。なぜ、なぜ今日会えなくなったはずの相手が自分の前に、しかも、自分から…自分から…。そんな事実に思考が完全に停止してしまった。だから、伴った反応が出来なくて、だんだんエルーの語尾が小さくなっていく。
あ、傷付けた


「あの、その……ごめんなさい。これ、食べてください。」

「…………う、ん」

「…じ、じゃあ失礼します…」

「、待って」


ろくな反応も出来ずにいると、切なそうに眉毛の端を下げながらビニール袋を押し付けて去ろうとするエルー。離れていくその腕をつかむと、意外にも小さな力でそれは立ち止まった。
口から零れる言葉が震えるのは風邪のせいか否か。答えはNO。


「、どうしよ」

「………え?」

「…うれしくて、何も言えないよ、」


振り向いて、それから頬を赤らませて微笑むエルーの手をひいてとにかく伝えた、ありがとう。それは拙い言葉になって、顔の熱さは尋常でない。
そんな、どこまでもかっこつかない今日の俺は、



かれて、真っ最






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