ダブルアーツ

□純白に包まれた記憶に
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キリさんが、部屋から出てこない。
そんなことはこうして二人一緒に住み始めてから、絵の作業だとかでよくあったが、二週間以上も出てこないなんて珍しい。3日もすれば、ひょっこりとやつれた顔でさしずめ空腹を訴えてくるのだが。今回は長期戦なのか。しかしご飯を持って行きアトリエの前に置いておけば数十分後には空になっているし、ご飯は食べているみたいだ。


「(…………あれ?)」


たった今ハッとする。そういえば、今回キリさんが何をしているか私は知らなかった。いつもは展覧会の作品だとか、個展の作品を描く、とあらかじめ教えてくれることが殆どなのだが、今回ばかりは、キリさんが二週間も部屋に籠もっていながら、なにをしているか分からなかった。


「(………………気になる…)」


本来ならばそう思う必要はない。キリさんが何も言わず籠もるほどだから、しかし私たちは結婚をしているわけでは無いのだから、踏み行ってはいけないところの分別はつく。
だがしかし、気になるものは気になる


*************

そしてやってきたアトリエのドアの前。ドアに耳を近付けると中から「あー…だめだ」とか「これじゃ…」とブツブツ声が聞こえてくる。独り言だろうか。切羽詰まった声だ。
真剣なんだろう。私はそんな中に入っていけるほど勇気は無い。静かにその場を去った。

*************


それから5日程経っただろうか。未だにキリさんは部屋から出てこない。もう、4週間も顔を見ず会話もしていない。我が儘は言いたくない、でも、寂しい。キリさんに会いたい。キリさんと話したい。
思うだけはタダだから。言わないならいくらでも、我が儘を言わせてほしかった。こんなに近いのに、キリさんが遠くに見えた。


「……寂しいなぁ…」


つい口に出してしまったその時、コトは起きた。


「エルー、こっち。」


小さく聞こえた彼の声に振り向くと、部屋のドアに寄りかかって小さく笑う彼の姿が。少しやつれたかもしれない。でもたったの4週間でも懐かしみを帯びたその笑顔に飛びつかずには居られなかった。少しうっすら涙が滲む。


「キリさん、っ…心配したんです、よ!」

「…うん、ごめんな。どうしてもやり切っちゃいたくて…。」

「今回は、なにを?」

「まだ内緒。こっち、来て。」


いつもより細々と力の無い声だけど、その手を差し出す姿は、幾年か前のあの姿に似ていた。手を握るとアトリエへ続く廊下を歩いた。なんだか緊張してきて、この手を通じてキリさんに伝わってしまうんじゃないかと思うほどだ。






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