絳錆-akasabi-

□壱
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ミーンミンミン

チリンチリン


蝉の声と風鈴の音

真夏を知らせるそれが耳に入って私は目を開けた

「…あれ…」

最初に目に入ったのは木の天井。家の和室だろうかと思ったが、明かりがない

額に手を載せれば少しぬるくなってしまった手ぬぐいがある


体を起こしてみた
室内は日影になっていて少し暗いが、外は真っ昼間だからかすごく眩しい
というかここは何処だろうか

周りを見回せば和室。洋風なものが一切無く、開け放たれた障子の先は縁側と松の生えた庭

マジでここは何処だ

道場には無かったと思うし、ここは広そうだけど近所にこんな場所あっただろうか

自身を見れば藍色の浴衣。男もの。
…だれのだろう



「お、起きたのか」

ふいに声が聞こえて再び顔をあげた。そこには薄茶色の髪を上半分後ろで結んだ、着物姿の背の高い男の人がいた

「大丈夫か?道場前で倒れてたから連れて来たんだが…」

そう言うとその人は私の額に触った。それからうんと頷いてニカッと笑う
白い歯が見えて、結構カッコイイ人だと思った

「体の熱は下がったな。暑くて体がおかしくなったんだとよ」

つまり、熱中症にでもなりかけていたのだろう。良かった、大変な事にはならなくて

「ありがとうございます。ご迷惑おかけしてすみません」

頭を下げればその人はまたニカッと笑った

「動けそうなら送る。何処に行くところだった?家か?」

道場の帰りだろ?と部屋の角に置かれている私の道着と剣道具を見て首を傾げた

それに私はまた考え込む

ここ、どこだろう

「家…ですけど、此処何処ですか?」

「伊庭道場」

「…伊庭?」

聞いた事ない。今度は私が首を傾げてみせるとその人は少し目を見開いた

「知らねぇのか?」

「はい…」

「お前行ってる道場は?」

私は聞かれた事を話すが、彼は知らないと言う。一体どういう事だろうか

とりあえず、電話とかがあれば問題はないと思うし、私は気をとりなおして彼に聞いた

「電話貸して頂けますか?家に連絡とりたいので」

「…でんわ?なんだそれ」



………はい?



「電話です。私携帯もってきてないし、メールもできないので」

「めぇる?携帯って何携帯すんだ?」



………あれ?



「携帯電話、知らないんですか…?」

「知らないな」



嫌な予感が頭を巡り始める
そういえばこの部屋、現代的な器具が一切ない。この人着物だし、よく見れば彼の横には刀がある

水が入っているのは洗面器でなく桶、額に乗ってたのはタオルでなく手ぬぐい

「…一つ、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「今は、何年でしょう」



お願いだから、お願いだから平成と言ってくれ!もしくは西暦を!

だがそんな願いは無残にも打ち砕かれた

「文久元年だが…」








心臓がうるさく鳴っていた
冷や汗が出て、布団を握る手は湿っている

しばらく私は、何も言う事が出来なかった


















夕化粧(ユウゲショウ)
  花言葉【不思議な】
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