二次創作

□酒と涙と男と男と
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「最近ヴェイグに避けられているんだ」
珍しく沈んだ声音で吐き出された言葉に碧い瞳をぱちくりと瞬かせ、フレンは己の好敵手であり、親友でもある青年の黒髪を困ったように見下ろしたのであった。


〜酒と涙と男と男〜


「フレン、少し付き合えよ」
依頼の完了をアンジュに報告していたところ、食堂方面へと続く通路の方から数本の瓶を抱え、もう片手にバスケットを抱えたユーリが声をかけた。
どうしたのかと問うと、丁度ユーリも依頼を終えて遅い夕飯をとろうと食堂へ行ったところ、成人組が数人酒盛りをしていて、手狭なそこで食べるよりラウンジで食べようと適当にバスケットに詰め、ついでに何本か酒を持ってきたとのこと。
「勝手に持ってきてよかったのかい?」
「いいって。どーせ気づいちゃいないだろ」
「そういう問題じゃないだろう」
「誰の物って決まってる訳じゃないし、強いて言えばこの船に乗ってる皆の物なんだから問題ないだろ」
しかし、と言い募ろうとするフレンの言葉を遮り、ユーリは先にやってるから早く来いよ、と言い置き、さっさと上がって行ってしまう。
ちらりと通路を見るが誰かが来る様子もなく、一つ嘆息してフレンは外からの埃を落としに一度部屋に戻るのだった。



軽く汗や汚れを流して着替え、ラウンジへと上がると、既に一本目の瓶を3分の2程減らしたユーリがひらりと手を振って迎えた。
「意外と早かったな」
「待たせちゃ悪いと思ってね」
軽口を叩き合いながら椅子に座るとすかさず瓶口を向けられ、グラスを差し出せば傾けられた瓶の口から黄金色の液体が注がれる。
ふわりと鼻腔を擽る甘い香りのこれは…
「…蜜酒か」
「悪いか」
「いや、君らしいと思って」
甘党であるユーリは飲む酒も大抵甘い果実酒や蜜酒といった物を好み、キレのあるエールなどは滅多に飲まない。
フレン自身は酒の好き嫌いはなく、どんな物でも飲めるので誰とでも飲み交わしていたりする。
「んじゃ乾杯」
「乾杯」
軽くグラスを触れ合わせ口を付けると、飲みやすい口当たりとは裏腹に喉の奥が熱くなる。
甘い飲み口に騙されがちだが、蜜酒や果実酒は意外とアルコール度数が高く、ちびちびと味わうように飲むものだが今夜のユーリはそんな事はお構いなしに早いペースでグラスを空けていた。
「で、何かあったのかい?」
並べてあった皿の中から辛めの物を選んで摘みつつ水を向けてみると、こちらはポリポリと棒状のクッキーにチョコレートをコーティングした菓子を食べていたユーリの動きが鈍くなり、ポキンッと菓子が折れた。
一口酒を飲んだユーリは、ほとんど中身の入っていないグラスを握りしめたままの腕に頭を伏せた。
「最近、ヴェイグに避けられているんだ」
人前では意地を張って弱みを見せない親友の、今にも泣いてしまうのではないかと思わせるような弱々しい声音に、ぽろりと言葉が零れた。
「一体彼に何をしたんだ?」
ユーリとヴェイグの仲は、ユーリが隠す様子も無い上にヴェイグが疎いこともあり、ギルド内で一部を除いてだが公認されていたりする。
普段から親しい位置故に、もはや鴦夫婦と言ってもいい程の仲の良さを嫌というほど見せ付けられているフレンからすれば、周りには淡白に見られているヴェイグが実はユーリに負けない程に相手を想っている様を見てきているので、思わず先の問い掛けが出たのであった。
そんなフレンに、胡乱げな視線が向けられる。
「何で俺が何かしたって前提なんだ」
「ヴェイグは理由も無く誰かを避けたりしないからね」
「ぐ…」
サクッと言葉の針が刺さったらしく、ユーリは大きな溜息を吐いてユラユラとグラスを揺らした。
「ついこの間までは普通だったんだぜ?ここ数日間、急に避けられるようになってよ…」
理由があるならこっちが知りたいぜ…と零すユーリだが、フレンは一つだけ思い当たる事があった。
「…ユーリ」
「なんだよ?」
「やっぱり、原因は君だよ」
「はぁ?」
きっぱりと言い切られたその言葉に、がばりと身を起こしたユーリが見返す。
その様子にやれやれと言わんばかりに首を振って椅子から腰を上げ、ユーリの腕を取って立ち上がらせた。
「直接話してくるといい。きっと、今の時間ならいるから。君も僕に愚痴を零すより直接聞いた方がすっきりするだろう?後片付けは僕がしておくから」
もしかしたら彼も君を探しているかもしれないし、とは口にださず、グイグイと昇降口の方へ黒い背を押してやる。
降りる間際、振り返ったユーリがフレンを呼んだ。
「付き合わせて悪かったな」
「貸しにしておくよ」
「へいへい」
口調の割に小さく笑みを浮かべ、ひらりと手を振って去って行くユーリを見送り、こちらは苦笑を浮かべたフレンが小さく呟いた。
「まったく、仕様が無いな」
誰に向けられたものなのか、呆れたような物言いとは裏腹にその声音はとても優しい響きを含んでいたのであった。



探し人は、案外すぐに見つけることができた。
ここ数日は部屋を尋ねても会えなかったり、会ってもそわそわとしたヴェイグとすぐに別れたりと、話しをする時間がとても少なかった。
しかしそんな事はなかったかのように、部屋の扉をノックするとあっさりとヴェイグは部屋の中へユーリを招き入れた。
「…丁度、探しに行こうと思っていた」
「俺を?」
「…ああ」
何故、と問うてみれば、ヴェイグは薄らと頬を染め、視線を右に逸らした。
「…誕生日だと、聞いたから」
ボソボソと小さく呟かれた言葉に、「そういえば」と思わず漏らした。
忙しかった事と、ヴェイグと話せないモヤモヤとですっかり忘れていたが、そういえば今日は自分の誕生日だった。
祝いの言葉を言われなかったせいもあるだろう。
それを察したのか、ヴェイグは逸らしていた視線を真っすぐに合わせてきた。
「皆に協力して貰ったんだ。…二人で祝いたかったのと、俺が1番最初に【おめでとう】と言いたかったから」
そして背を向けて壁際に設えてある小さなテーブルへと向かう。
椅子を引かれたので座れということかと察し、腰を下ろせば目の前に小さな箱が置かれた。
「ユーリのように上手くはないが…」
言いながら開けられたそれには、小さなケーキが入っていた。
「これ、ヴェイグが作ったのか?」
「ああ。アイスケーキだ」
「お、ホントだ冷たい」
ヒンヤリと冷気を放つケーキを嬉しそうな顔で眺め、いつまでもスプーンを取らないユーリに小さく首を傾げて問う。
「食べないのか…?」
「食べさせてくれるんじゃないのか?」
ニヤリ、といった表現が似合う表情で見返され、また顔に熱が上がるが、それでも想い人がそれを望んでいるのだろうとスプーンを手に取る。
一口分を乗せ口元へ運べば、凄く嬉しげな、幸せそうな表情で口を開いた。
「……ん、美味い」
「そうか…」
ホッとしたと目許を和らげてもう一口掬おうとするヴェイグからスプーンを取り、今度はユーリがヴェイグの口元へケーキを運ぶ。
戸惑いながらも促されるままに口に含めば、冷たさと甘さが口の中で溶けていく。
初めて作ったにしては上々である出来栄えに満足していると、唐突に腕を引かれ、そのままユーリ腕の中に倒れ込んだ。
突然の事に目を白黒させていると、くい、と顎を持ち上げられて唇が重ねられる。
「っ…」
驚いて目を見開く間にも深くなるそれに、強張っていた体から力が抜け、瞼を閉じる。
長いようで短い口づけが終わり、ペロリと離れ際に唇を舐めていったユーリが掻き抱いた細い肢体の肩口に顔を伏せ、ゆっくりと息を吐きだす。
「…今までで1番嬉しい誕生日だ」
満足そうに囁かれ、恥ずかしさから逃げ腰になりそうな自分を叱咤し、ヴェイグは一つ咳ばらいをした。
「……、ユーリ」
「ん?」
くいくいと背中の服を引かれ、少しだけ体を離すと、冬の湖面のように澄んだ青と目が合った。
「誕生日、おめでとう」
柔らかに微笑まれたユーリの理性が切れるまで、あと3秒。
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