時癒しの雪童

□貴方に捧ぐ『名』
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「若ーっ」

若の姿が見えない。

もぅ日が暮れ始めて総会まで時間もない。
本家の女衆は総出で準備をしている…。
私も若に声をかけ、すぐに準備に回るつもりだった。

「若ーっ何処ですかーっ」

若が心配されるといけないから…。
前に同じ本家のお屋敷の中にいるから大丈夫だろうと、総会の準備で走り回っていたら「雪女っ!お前は僕の側近だろ!?側近のくせに僕の傍を勝手に離れて、僕に心配させちゃいけないんだぞ!」と仰られた。
総会の準備とはいえ、いつも居るところに私が居なかった事が若を不安にさせたようで……それ以来、総会の準備の前には若にその旨を伝えるようにしてきた。
「屋敷内にいるのでご安心ください」と。
「何かあればすぐに駆けつけます」と。

「…っもぅ、何処に行ったのかしら…若…」

きょろきょろと辺りを見回してみる。
部屋には居なかったもの…この時間なら小物達と庭で遊んでいると…そう思ったのだけれども……。

かさり

木が揺れた気がした…。

「……若?」

覗き込めば木の隙間…物陰に暖かい色の髪が見えて……。
若だわ!
そう思った瞬間。

「いまだっ!」

「ぇ!?きゃぁっ!!」

「雪女GET!ホント、ドジだなぁ」

ケタケタと笑う若。
そんな若が可愛らしくて……じゃない!
私の真上……丁度桜の木の枝があるところから降って来た大きな籠に私はすっぽりと閉じ込められてしまったようで、なんと籠の上には重石代わりに小物達が座っている。
どうしよう…これじゃぁ私の力では持ち上げるのは難しそう。
吹雪で小物達を凍らせるなりするとしても……この距離じゃ若にまで被害が及んでしまう……。

「出してください!若!」

若はむすっと唇を尖らせた。

「だーめ!せっかく捕まえたんだもん、こうしておかないと雪女…また洗濯とかご飯つくりに行っちゃうだろ?僕と遊ぶって約束しないと出してやらないんだ」

「若っ…ですが…」

総会の準備はただでさえ忙しい。
それこそ猫の手も借りたいほどに大変なのだ。

「だーめ!ぼくと遊ぶの!じゃなきゃ出してやんない!!」

ぷぃっとそっぽを向く若。
何とも子どもらしい仕草。
愛しい愛しいリクオ様。

それでも、此処は聞き分けていただかなければいけないっ!

「…今日は若のお好きなハンバーグにいたしましょう」

「っ……だめっ!ぼくは雪女がいいの!」

お好きな食べ物作戦は一瞬のうちに破綻する。
あぁ…どうしたらいいのかしら。

「若……若…あの…」

「そうだ!雪降らせてよ!かまくら作ろう!ね、いいでしょ?」

若の眼が輝く。
その愛らしい笑顔が凍てついた私の心に暖かく染み渡っていく。
はぃ!と答えそうになる自分を諌める。

「まだ秋口ですよ?」

雪女である私が雪を降らせることなど他愛もないこと。
でも……やっと残暑も終わったばかりのこの季節に雪を降らせるのは些か早すぎる。

「いいの!ね、遊ぼう?」

若が甘えるように私を覗き込む。
勿論、籠の外からだけど……。

「若……」

「いやだよ!約束しなきゃ出してやんない!ぜーったい出してやんないんだからね!!」

いーっと唇の両端を指で引っ張る若。

あぁ…そうよね、若はまだ遊びたい盛りの子どもなのに…。
総会だと、大人の話だと…遊び相手にすらなってもらえない。

構ってくれないことに腹を立てているのかもしれない。
淋しさもあるのかもしれない。

「……わかりました、遊びましょう」

愛しい愛しいリクオ様。
私の言葉で花が咲いたように、太陽が輝くように喜ばれる。

「ですが今すぐという訳には行きません」

それでも、総会の準備を他人に押しつける事はできない。
私も本家の妖怪なのだから。
『リクオ様の側近』その肩書きに甘えるなど、それこそリクオ様のお顔に泥を塗る事になる。

「ぇ?なんでっ!遊ぶって言ったじゃん!!」

「明日必ずやお約束をお守りします…」

ここで折れては何よりリクオ様のためにならない。
貸元への聞こえも悪くなるかもしれないのだ。

若がむすっと頬を膨らますのがわかった。

「なんだよそれ!やだよ、明日もそうやって遊んでくれない気でしょ!?」

側近なのに…リクオ様にそう思わせている自分が口惜しい。

ご不満もおありでしょう。
ご不安もおありでしょう。

「嘘ではありません……………証に『名』を」

「証って…証拠のこと?『名』って何?雪女は雪女でしょ?」

あぁ、やはり若は覚えていらっしゃらないのね。
それも仕方のないこと……初めて私が若に『名』を告げたのは……まだ若が小さくて……若菜さまの腕に抱かれて、病院から戻られてすぐのこと。
お出迎えに玄関前に集まった私達。
二代目が「俺の息子だ」と笑いながら…抱かせてくださった小さな小さなリクオ様。
暖かくて、柔らかくて……まるで雪が溶け出したかのように涙が溢れて……「お前はコイツの側近だ…よろしくな」なんて二代目は微笑まれた。
『雪女の『氷麗』と申します――――リクオ様をお守りさせていただきます』と、そう私はお伝えした。
その時リクオ様は私の髪を一房お掴みになった。
『信じてる』とそう言われた気がした。

「『名』は魂の一部といいます、若が『リクオ』様という『お名前』をお持ちのように、雪女(わたし)もまた『名』を持つのです」

「雪女の名前?」

「えぇ、若…その通りです」

幼すぎて覚えていない……そうでしょうね。
でも…ならばもう一度(ひとたび)貴方様にこの『名』を――この『魂』を捧げるだけ。
小さく幼い我が主。

「すごく大切なもの…なんだよね?」

若の真剣な眼差しが…私はとても気高く感じた。
あぁ…この方が我が主なのだと……幼さの中に強さを見た気がした。

「その通りです、若」

「…教えて―――」



「『氷麗』」


「つらら?」

「えぇ…そうです、若…お約束します、この『氷麗』明日こそは必ずや若のご期待に応えて見せましょう」

リクオ様が魑魅魍魎の主となられるその時まで。
誓いも約束も…その総てをリクオ様に捧げましょう。


「……もう一個!」

「ぇ?」

リクオ様がにんまりと笑われる。
それはまさに悪戯好きのする笑顔で……。

「ぼくとふたりだけの時はぼくの事『リクオ』って呼ぶんだ!ぼくもふたりの時だけ『氷麗』って呼ぶから、ぼくと『氷麗』の秘密!大事なものだもんね、いいでしょ?」

若を…リクオ様とお呼びする?
それはつまり己の主を真名でお呼びすると言う事で………。

「そんな!畏れ多いっ若のお名前をお呼びするなんて!」

「呼んでくれなきゃ出してやんないぞ!ね?いいでしょ『氷麗』」

真名で呼び合うなんて、それこそ兄弟か恋人か……。
そんなことできるはずがない!!

でも…それでリクオ様が少しでも安心してくださるなら。
信じてくださるなら…。


「えぇ…畏まりました、リクオ様」


貴方様が三代目になられるその時まで。
そしてその先も……。

この『名』を貴方様へ。

『ぼくの好きな音』つららVER.
[2011.3.1]


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