時癒しの雪童

□古の伝説編
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白の少女が彼の兄妹の元を訪れ、そして去ってから六百年ほどが過ぎた。
陰陽師奄美家の流れも…時の流れと共に狭鏡院(さいきょういん)家や鈴音(れいおん)家、花開院家などに数多に広まる。



「秋姫(とき)、供をしろ」


奄美家の一角で、幼くも凛とした声が響いた。
その幼子の名はユメ。
歳は三つ。

ユメは一枚の紙にふぅと息を吹きかけると、その紙から人が現れた。

髪は夕焼けに染まる空の色。
瞳孔は細く…額には印が記されている…。
人ならざるものの気配の漂う存在感。

秋姫は古に咲鬼が遺した式神だった。
咲鬼の死後、奄美家の次期当主の世話係は秋姫が行う。
式神とはいえ、力も知識も持つこの秋姫…それはこの六百年変わらない…変えてはならない…決め事であった。


「ユメ、手習いはどうした?」


「じじいの自慢話より秋姫の話の方がよっぽど身になる…今日は珱の姫の所に参ろう!」


ユメはけらけらと笑う。
このユメという幼女は三歳になったばかりだが、その力は父も母も…この奄美を名乗る陰陽師たちの総てを凌駕していた。
この幼女を抑えられる者は奄美家の中で、この式神しかいなかった。

「手習いが終わったなら京の都まで走ってやろう…さっさと終わらせて来るといい」

秋姫が微笑む。
ユメは頬を膨らませながら考えるが…なるほど、それなら自分にも利があると考えたのだろう、ニコニコと微笑みながら逃げ回ってたはずの手習いを受けに走り出す。

秋姫は目を細めた。

「三つの幼子にさえ見透かされるとは……人の業とは恐ろしき…かな」

かつて咲鬼と共にこの奄美の屋敷に足を踏み入れた時のような家督争いが……いや、正確には世継ぎの座を争う揉め事が再びこの奄美に起き始めている。
次期当主になるであろう立場のユメが女として生まれたのもその1つの原因だろうか…。
欲深な者がいるものだ。

秋姫は小さなため息を零した。










「なんだ…物々しい有様だな」

ユメは秋姫に抱かれながら、京の都へと入った。
それと同時に襲い来る妖の数々。
無論、ユメと秋姫にとっては襲撃さえ児戯に等しかった。

ユメが札を飛ばせばそこからただの一歩さえ動けなくなる妖。
秋姫が腕を振るえばその衝撃に吹き飛ばされる妖。

特別めにゅうだ、などと言って秋姫がユメを樹海だの、夜の山だの曰くつきの場所に連れ出すのはいつもの事だった。


「珱姫!」

館の庭に着くや否や、ユメは秋姫の腕から飛び出しその屋敷の一室へと向かった。

「珱姫!奄美のユメが来たぞ!」

やはり子供か。
秋姫は駆けて行くユメの姿に笑みを零した。

「まぁ、ユメ様…秋姫様も遠路遥々ようこそおいでになられました」

珱姫とは京に住まう公家の娘。
六百年ほど前、咲鬼の妹…白の少女を暖かく迎え入れたあの兄妹の子孫に当たる娘だった。

珱姫はあの兄妹に良く似、穏やかに育ったものだ。
秋姫はそう思いながらユメの後を追った。
ユメは勢い良く珱姫に抱きつき、珱姫は妹を抱くかのように優しくユメを抱き締めた。
秋姫がそっと口を開く。

「珱姫、急な来訪すまなかった」

「いえ、秋姫様にもユメ様にも良く気にかけていただいて…ありがたく思っているのです」

珱姫はまるで柔らかい日差しの様な暖かい笑みを浮かべた。

「珱姫!此度は何処へ参ろう?こんな辛気臭い館に留まっていては腐りそうだ」

ユメはきっぱりそう言い放つと、いつの間にやら珱姫の手を取りぐいぐいと引っ張る。
前に来た時も…その前に来た時も…ユメは珱姫をこの屋敷から連れ出した。
それが珱姫の笑顔に繋がると知っていたから。
ユメは珱姫の笑顔が好きだった。

「ユメ、珱姫に失礼だ…たとえそれが真実だとしても、他者の家をその様に言うなど人間の間では礼儀に反する事だ」

口ではユメの物言いを諌めつつ、秋姫自身も正直な所ユメの言葉に心底賛同していた。

いつからこの屋敷はこの美しき姫の御力を金に換え始めたか……。

そんな想いが、あからさまに言葉に出ているが珱姫は苦笑するだけだった。
珱姫自身…自らの父親がまるでお金に取り憑かれたような…何処となく息苦しい何かを感じていた。

「……むぅ…悪かったっ……なぁ、珱姫!何処に行こうか?」

「そうですねぇ…では……」

ユメと珱姫の数度目かの逢瀬。
日に日に…生き胆を喰らう妖怪が増える京の都。

その中であって…歳相応に笑みを浮かべるユメと…彼の兄妹の暖かきをそのまま受け継いだような美しく優しい珱姫。

健やかにあれ。
穏やかにあれ。

秋姫は手を取り合う姉妹の様なふたりを見ながら微笑んだ。

四百年前のこと。
完璧オリジなりぃ……。
[2011.1.16]

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