novel

□大食い対決
1ページ/1ページ

 立ち上る白い湯気。
 ここはつい最近新装開店した某ラーメン屋である。
 席にはむさい男ばかりの店内に一ヶ所だけ異様な空気を漂わせている席があった。そこには活発そうな中学生ぐらいの少年──相馬空海と長い髪を高めにツインテールした気の強そうな美少女──ほしな歌唄が座っていた。
 二人は互いにものすごい量のラーメンを食べていた。
 このラーメン屋の名物・特盛りラーメンである。これを30分以内に完食すると賞金2千円が贈呈される。完食できなかったら2千円払う羽目になる。ちなみにその量は半端ない。軽く5人前ぐらいの量があるだろう。味は醤油、塩、味噌、トンコツのうちのどれかで、具は麺が見えないぐらい大量のチャーシューとしゃきしゃきとしたモヤシとメンマと薬味。それらが大量のラーメンの上にこれでもかと言わんばかりに盛られている。しかも二人はこの店で一番くどいトンコツ(背油たっぷり)を飽きずにリズム良く口に運んでいる。
 …そろそろ制限時間が10分ほど経過しただろうか、二人は同時に箸を置いた。
 「「ごちそうさまでした」」
 ((?!!))
 空海と歌唄、二人はほぼ同時にラーメンを完食した模様。
それもごちそうさまの掛け声まで同時ときた。
 歌唄は空海を睨む。
「やるじゃないのアンタ」
「お前もな」
 まだ余裕そうな空海の返事が歌唄の闘争心に火を付けた。
「じゃあ次は駅前のカレー店のデカ盛り激辛カツカレーなんてどうかしら?25分で完食すれば賞金3千円…完食できなければ3千円支払い…どう?やる?」
「とーぜんっ!まだイケるしなっ」
「じゃ、貰うものさっさと貰ってさっさと行くわよ。まだ勝負はついてないんだから」
 歌唄は賞金2千円をコートのポケットにねじこんで席を立った。
 結構乱暴な動作だったが、やってるのが歌唄のせいか野蛮に見えない。むしろ華麗だ。さすがアイドルだ。素っ気ない態度も可愛い。
「ん?お前まだイケるのか?」
「当然でしょ?それともアナタはもうギブかしら?」
「オレもまだまだ余裕♪」
「あっそ」
 二人はラーメン屋をあとにして、カレー店に向かう。
 そこでも二人は引き分けだった。なので次は全長50センチメートルはあるパフェに挑戦した。15分以内に食べきれば賞金2千円である。
「うっ…気持ち悪…」
 生クリームを一気に食べ過ぎて空海は気持ちが悪くなった。
 一方、歌唄の方は余裕である。一定のペースで口に生クリームやアイスクリームを運ぶ。
 そして開始7分後──。

 歌唄は空海から見事に勝利をおさめた。
 空海の敗因はやはり大量の生クリームの食べ過ぎだろう。それでも制限時間内には食べきっていて、賞金2千円をゲットしてはいる。
 店を出る頃にはいつの間にか日が陰り始めていた。時計を見るともう17時を過ぎている。

「たっは〜、負けたー」
 賞金2千円の入った封筒を空海はポケットにねじこんで、溜め息混じりに笑った。
 そんな空海を歌唄は涼しい表情でチラッと横目で睨む。
「負けたのに嬉しそうねアナタ」
「まぁな、負けたけど今日は楽しかったし」
「…ふーん」

「じゃあ、オレん家こっちだから」
「えぇ、気をつけて帰りなさい。わたしはこれから仕事だわ」
「頑張れよアイドル。今日は楽しかった。また勝負しようぜ、帰るぞダイチ」
 空海は手をふって、歌唄に背を向け帰路に向かう。その後をダイチが追う。
 歌唄がそれを眺めていると空海が突然こちらを向いた。そして大声で、それでいて楽しそうに叫ぶ。
「次は負けねーからな!」
 それだけ言うと、また踵を返す。
 歌唄はふんと鼻を鳴らし、ケータイをポケットから取り出す。そして、真っ赤な夕陽をバックにして一人の少年の後ろ姿を写真におさめる。
 ブーンと電話がかかってきたことを知らせるバイプ音が鳴った。
「何ですか三条さん?…はい………はい。え?ロスへプロモの撮影ですか?……わかりました。準備します。……えぇ、これから仕事に向かいます…はい、それじゃあ後でまた……失礼します」
 歌唄は空を見上げた。
 夕焼け空には北極星が輝いている。それ以外の星は見つけられない。そして月も。
 それでも彼女は前に進み始めた。

    end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ