勇シン短編1

□How stupid of me!
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女の魅力というものは、変化なのではないかと思う。

それはさながら、ある日突然硬いつぼみが花開くような、眠っていたさなぎが蝶に変身するような。今までとまったく違うものになる。別人のような姿を見せる。

そうかと思うと、一度変われば元の姿に決して戻ることのない自然界の掟と違い、彼女はまるで変幻自在の魔術師のように、じつにたやすくつぼみやさなぎの姿に立ち返ってしまう。

彼はそれに、いつも軽く混乱する。

混乱して、強く魅了される。

視界の先から消えたとたん、またあの姿を見たいと、飢えるほどに願う。願って、願って、そのうちほかのなにも手につかなくなって、頭がくらくらするほどに。

そう、いつだって見ていたいのだ。何度も、何度もまた見たいのだ。

薄紅色のつぼみがおずおずと花びらを開き、あざやかな朱色に咲き初めてゆくさまを。

虹色の濡れた羽根を広げ、なんとかして彼の両手からすり抜け空へ飛んで行こうと、声なき声を上げながら身をくねらせる妖しい蝶を。

(シンシア)

彼女は永遠に変化し続ける多角形の水晶鏡。





How stupid of me!






朝が来たとたん、もう夜になるのを待ち望んでいる自分を顧みて、かつて勇者と呼ばれた若者はうっすらと頬を赤らめた。

(俺……馬鹿なのかな)

薪割り仕事を終え、さっきまで斧を握っていた左手のひらをそっと開いて、見つめてみる。

剣士のわりにすんなりと長い自分の指。

その指が、昨晩彼女に施した不埒な悪戯すべてを思い出して、若者はひとりで身もだえするように「……っ」と頭を抱えた。

(やっぱり俺は、馬鹿だ)

どうにもうまく収めきれないこの感情。指先が覚えているなめらかさと柔らかさ。

今ここにはないそのぬくもりと、そこに触れた時のシンシアの表情がありありと思い出され、勇者と呼ばれた若者は抱えた頭をぐしゃぐしゃとわしづかむと、うわーっと叫び出したくなった。

(こういうの、なんて言うんだ?

猿?獣?さかり?)

並べ立てると、なんて愚かしい単語だらけだ。そこには雄生来の行動欲求ばかりが凝縮して、およそ優しさやいたわりが感じられない。

(けど、ちょっと違う)

そういう、本能めいた渇望も確かにある。

だって、俺は間違いなく男だ。そこを美化する気はさらさらない。

あるのだけれど、どちらかと言うと自分のそれは、獣というより子供の心境に近いような気がする。

お気に入りのおもちゃでずっと遊んでいたい子供。

片時も離したくなくて、絶対に誰にも渡したくなくて、自分だけのものにして、どこに行くにも触れていたい。

だけど彼女は、おもちゃと言うにはあまりにいとおしすぎて、遊ぶというには繊細過ぎて、そして何よりひとりの存在として、自分自身の意思を持っていた。

「ねえ、どうしたの?こんなところに座り込んで、体が冷えちゃうよ」

背後から近付いてきた彼女に気づかなかったのは、よほど動揺していたからなのだろう。

シンシアに肩を叩かれて、勇者と呼ばれた若者は「わっ」と声を上げた。

つられてシンシアもびくっと身をすくめ、くすくすと笑い始めた。

「なに、驚いてるの?変なの」

「あ……いや」

「薪割り、終わったならおうちの中に入ろうよ。食事の支度が出来たから」

「うん」

勇者の若者は神妙にうなずいた。

「ありがとう」

「ふふ。うん」

(なにがありがとうだ。やっぱり、俺は馬鹿だ)

彼女の前だと、なんの照れもなくおかしいほど素直になってしまう。

こんな自分と、さっきまでの暴走しそうな感情をもてあましている自分は、本当に同一人物なのだろうか?

それを確かめたくなって、先を歩く彼女の体に、ふいに後ろから衝動的に腕を回した。シンシアが驚いたように振り返った。

そのまま引き寄せて、もがく彼女になかば無理やり唇を重ねる。

抱きすくめたきゃしゃな体が刹那こわばり、みるみる力が抜けるのがわかる。

彼女のか細い手足が、雨に濡れた若草のようにくたりとしなだれかかった。ぴんと伸びていた背筋がしなって、吐息が甘く弾む。

これだ。いつも、この瞬間なのだ。彼女がため息を洩らすと頭の中で火花が弾けて、もう何ひとつほかのことは考えられなくなる。

もしかして自分はこうやっていつも、まんまと罠にはまっているのだろうか。花と蝶の仕掛けた巧妙な陥し穽(あな)に。

彼女が花開くたび、羽根を広げるたび、そのなまめかしい変化に心を奪われて、己れが穽に堕ちてゆくことに気づかない、俺はやっぱり愚かな獣なのだろうか。

「急に、どうしたの?」

かすれた声で聞くシンシアは、少し笑っている。きっと、わがままな子供みたいだと思っているのだろう。

勇者の若者は囁いた。

「昨日と同じことを、もう一度したい」

「でも、ごはんは?」

「後でいい」

獣でも、子供でもかまわない。どう思われようとかまわない。性急な衝動は嵐みたいな速度で脈を打たせるけれど、そんなことももう、全部どうでもいい。

どうせきっと、また後悔するのだから。戸惑って自問自答する。すべてが終わったあとに。

飢えたように求めるだけ求めて、めまいのような嵐が過ぎ去って、やっと冷静になれたその時に。


俺は馬鹿なのかな?



わかるのは、馬鹿みたいに彼女のことを愛しているという事実だけだ。

白いうなじにくちづけながら、かつて勇者と呼ばれた若者はきつく目を閉じてまた、彼女の上で左手をひらひらと不埒に遊ばせた。



―FIN―



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