導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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11・自由になりたい


「では、ご公務のお時間まであと少々ございますので、王女殿下は御部屋でごゆるりとお過ごしくださいませ」

詰め襟の格式ばった制服に身を包んだ執務官が、深々と頭を下げて出て行こうとしたので、天鵞絨(びろうど)張りのソファに腰かけていたアリーナは急いで呼びとめた。

「ねえ、あと少々ってどのくらい?」

執務官は困ったような顔をした。

「各国大使の陛下との謁見時間が予定より延びておりますので、はっきりとはわかりませんが……、あと、四半刻ほどでしょうか」

「じゃあそのあいだ、少しだけ」

「御部屋を出ることはまかりなりませぬ、殿下」

まるで予期していたかのようにすかさず返答されて、アリーナは鼻白んだ。

「……わかったわよ」

「王女殿下を御部屋にお留めおくよう、陛下より厳しく言い使っております。連日のご公務、さぞお疲れも溜まっておりましょうが、なにとぞご辛抱を」

金打ちの豪奢な扉が閉められた。ガチャ、という掛け金を落とす音がした。

ご丁寧に、外から鍵までかけたのだ。これではまるで囚人ではないか。これまで幾度となく脱走しようとした前科があると言うものの、念には念を入れたものだ。

まだ16歳のアリーナにとって、王族の職務である公務はただの笑顔振りまくお辞儀の会でしかなかった。コルセットを締めあげたドレスも息苦しいだけ。社交辞令のつるつるした褒め言葉は、朝から晩まで聞いていると、気力を根こそぎ奪い取る呪いの呪文に思えて来る。

(はっきり言って、公務なんて大嫌いだわ)

これがお前の仕事なのだ、と幼い頃から父親に嫌というほど聞かされてきた。自分が王家の末裔なのだと言う自覚も、それなりにあるつもりだ。……それなりに。

だがその仕事にどうにもやる気を感じられないのは、自分に王族としてどこか欠陥があるからなのだろうか。

普通、仕事には成果が付いて回る。例えば商人であれば、今日はこれほど売ったという数字で己れの仕事ぶりを測ることが出来るし、料理人であれば美味いまずいと言う客の反応で、現在の自分の力量を知ることが出来るだろう。

だが、お人形のようににこにこ笑って立ち尽くし、頭を下げて来る数限りない者たちに「御機嫌よう」「ええ、とても元気よ。ありがとう」と繰り返すだけの「仕事」の、一体どこにどんな成果を見いだせばいいと言うのか。

(わたしには向いていないわ。石の壁に囲まれてじっとしているのも、裾の長いドレスを着てしなしな歩くのも嫌い)

ぜんまい細工のおもちゃのように同じ動作を繰り返していると、喉も限りに叫びだしたくなってくる。

(自由になりたい)

自由になりたい。自由になりたい。こんな所で扉に鍵をかけられるのは嫌。だからわたし、絶対に小鳥は飼わないの。籠の中に閉じ込められて飛ぶことも出来ずにいる苦しみがどんなものか、よく知っているんだもの。

沈む心に表情を翳らせながら、アリーナは壁に掛けられた亡き母親の肖像画に瞳を注ぎ、ふと横の壁に目をとめた。

(……そうだわ)

扉に鍵をかけられているのなら、新しい扉を自分で作ってしまえばいいのだ。

東側の壁には窓もなく、バルコニーもない。花崗岩を積み上げた分厚い壁はそうそうたやすく破壊出来るものではないだろうが、武術で鍛えあげた脚力にはひとかたならぬ自信がある。裂帛の気合を込めた蹴りを繰り出せば、あるいは。

失敗するかもしれない。でも、挑戦してみるだけの価値はあるのではないか。

壁に歩み寄り、ドレスの裾を両手で持ち上げて、アリーナが右足をばねのように思いきり振り抜こうとしたその時、

「姫様」

声と共に、ガチャガチャという音がした。アリーナは慌てて足を下ろし、壁から飛びすさるように離れた。

開いた扉から現れたのはいかめしい顔をした執務官ではなく、五つ年上の優しい幼なじみの神官クリフトだった。

「な、なぜ、こんなに頑丈に鍵を……?姫様、お待たせ致しました。ご公務のお時間です。参りましょう」

「どうしてクリフトが来るの?執務官は」

「お前が王女殿下を迎えに行けと、さきほど仰せつかりました。その方が殿下の精神衛生にいいからと……。よく、意味がわかりませんが」

ドレス姿のアリーナを見て、クリフトはまぶしそうに瞳を細めた。

「本日の姫様は、サントハイム聖王家の誇る一輪の薔薇ですね。とてもお綺麗です。

このようにお美しいお方を王女と戴くことを、わたしは……いえ、サントハイムのすべての民は、心から誇りに思うことでしょう」

クリフトとふたり肩を並べて廊下を歩きながら、アリーナはしゃらしゃらと衣擦れの音を立てるドレスの裾を見つめた。

(失敗しちゃった。なんて絶妙のタイミングなのかしら。まるでクリフトに引きとめられたみたい。

今はまだ早い。まだ、ここでやることが残っていますよって忠告されたみたい)

(だったら、17歳になれば。17歳になればわたし、今度こそこの城を飛び出して自由になることが出来るかしら)

(そして、その時は一緒に……)

アリーナは傍らのクリフトを見上げた。クリフトは気づいて、なんでしょうと言うように首をかしげてほほえんだ。

「なんでもないわ」

(だめよ、誘うなんて出来ない。わたしは王女だもの。わたしが一緒に来てと言えば、忠実な家臣として必ず彼は従うに決まってる。

でも、それじゃだめ。クリフトが自分で行きたいと望まなければ意味がないの。わたしはひとりで行かなければ。ひとりで、自由への扉を開けなければ)

それはいつのことになるだろう?

遠くはない、近くもない、でも確実に訪れる未来。窮屈なドレスを脱ぎ捨てたら鳥はついに籠から飛び立ち、その時ぶあつい壁は粉々に壊される。

(わたし、自由になるわ。きっと)

ひそやかに呟いた誓いを胸に、アリーナはドレスの裾をからげて毅然と前を向いた。

クリフトはかすかに眉を上げて、傍らの鳶色の瞳の王女を不思議そうに見つめた。




−FIN−




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