導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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20・ふたりぼっち


庭園で遊んでいたら、雨が降り出した。

あんなに青かった空がいつのまにか灰色に変わっていたのに気付かなかったのは、向かい合ってしゃがみ込んでは繰り返す石取り遊びが、あんまり楽しかったからだ。

通りすがる庭師や使用人に、何度もあきれ顔で笑われた。一時間、二時間経ってもまだ飽きもせず、瞳を輝かせて同じ遊びに熱中しているふたりのことを。

頬に神経質な疲れを滲ませた古参の下男たちには、「ただ石をぶつけて取るだけのつまらない遊びの、一体なにが楽しいんですかねえ」と聞こえよがしに嫌味を言われた。

そのたびひとりが頬を膨らませて反論しようとしたが、もうひとりが笑って首を振るので、結局なにひとつ言い返さぬまま、ふたりはまた石取り遊びを続けるのだった。

ひとりは女の子。そしてもうひとりは男の子。

雨が降って来たのは、ちょうど良い頃合いだった。三角屋根のガゼボに逃げ込むと、女の子は鳶色の目を伏せ、ふう、とためいきをついた。胸まで垂れた巻き毛の先で、空から落ちて来たばかりの雨粒がきらきらと踊った。

まだ7歳の女の子には、長時間しゃがみ込んでの遊びはさすがに堪えたようだ。奪い取った石の数だってかぞえなければならない。勉強が苦手な女の子が四苦八苦しながら石をテーブルに並べ、声に出してひとつずつ数えるのを、傍らで男の子は優しい目で見守り、決して急かそうとはしないのだった。

雨は次第にひどくなった。いつもなら傘を手に血相を変えて探しに来る侍女たちがまだやって来ないのは、もしかしたらふたりが庭園にいることを忘れてしまっているのかもしれない。

あまりに長いことここにいすぎたから、逆に。ふたりは草の絨毯に佇む控えめな花々のように、寡黙な二本の木々のようにごく当たり前にそこに馴染んで、それゆえふたりがふたりとも、それぞれの場所に帰るためのきっかけをもうとうに失くしていた。

「クリフト」

女の子がぽつりと言ったので、男の子は顔を上げた。

「はい」

「お前が十二個。わたしが十五個。また、わたしの勝ちよ」

「今日一日で、ずいぶんお強くなられました」

「ねえ、お前、ずるなんてしてないわよね。ちゃんと手抜きせずに真剣に勝負しているのよね」

クリフトと呼ばれた男の子はほほえんだ。

「もちろんです」

「でもクリフト、最初の頃はもっと早く石を投げていたじゃない。やるたびどんどん時間がかかるようになったのはどうして?

まるで、どこにおいたらわたしが石を取りやすいのか、考えながら投げているみたい」

「そんなことはありません。姫様がぐんぐんお強くおなりなので、しっかり頭を働かさないとすぐに負けてしまうからです」

「そう?……あーあ」

男の子の穏やかな返答に、女の子はそれ以上の追及を諦めた。

「すごく楽しかった。明日もこれ、やりたいな。でも駄目。こんなにたくさん遊んでしまったもの。明日はきっと夜までお勉強ね」

女の子は唇を可愛らしく尖らせた。

「お城はつまらない。かえりたくないわ。このままここで、お前とずっと遊んでいたい」

「頑張ったその翌日には、楽しい時間が待っていますよ。わたしも明後日、また参上致します」

「楽しい時間だけが毎日続けばいいのに。勉強はきらい。わたしはお前以外なにもいらないの。

この世界にわたしたち以外誰もいなくて、クリフトとわたし、ふたりぼっちだったらいいのにな」

男の子は口をつぐんだ。雨がふたりをくるみ込むように包んだ。

女の子が時折口にする突飛な言葉も、いつもならほほえみで受け流すのに、唇をうまく笑いのかたちに出来なかった。胸が痛くなったからだ。姫様、わたしも貴女と同じ気持ちですと、言えたらどんなにいいだろう。

雨音にかき消される鼓動。行き場を失くした想い。割れた飴のかけらを飲み込んでしまったような、甘い、やるせない痛み。

小さなガゼボと庭園を、藍色の雨が遮断した。その瞬間、ふたりは確かに世界でふたりぼっちだった。

「姫様、あの……」

「アリーナ殿下!ここにいらしたのですね」

傘を手にした大勢の侍女たちが、四方から駆け寄って来た。男の子の呟きは濡れた大気の向こうに追いやられた。

貴い王女に絶対に風邪を引かせるわけにはいかない侍女たちの動きは、コマネズミのように迅速だった。分厚い毛布を被され、両脇を抱えられるようにして、女の子はたちまち城の中へ連れ去られた。

女の子は何度も男の子を振り返ろうとしたが、そのたびに後ろ頭を押さえられ、無理矢理前を向かされた。

男の子はひとりきりになった。小さなガゼボの大理石のテーブルの上に、置き忘れられた丸い石がいくつも並んでいた。

そっと手にとって、懐に入れた。また明後日、一緒に遊ぶことが出来ればいいのだけれど、叶うかどうかはわからない。幼い約束はあまりに不確かだ。

ふたりぼっちの世界は終わった。ガゼボを出て歩きだすと、降り落ちる雨が男の子の真直ぐな髪やなめらかな頬を容赦なく打った。

城壁の外側にある教会に辿り着く頃には、びしょぬれになっているだろう。男の子は傘を、持っていなかった。




−FIN−




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