導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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24•アリアハンへ行く方法

 
「……ふー」
 
天空の勇者の少年は、宿のベッドに寝転んで一心に読んでいた本を閉じると、深々とため息をついた。
 
書物にこれほど熱中したのは、幼なじみのシンシアと一緒に絵本を読んだ子供のころ以来だ。
 
気が付くともう、とっぷりと日が暮れている。表紙の色が綺麗だなと昨晩よろず屋で何気なく手に入れたが、ひとたび読み始めるとまるで突風のようなめまぐるしい冒険活劇に、時がたつのも忘れて夢中で読みふけってしまった。
 
「選ばれし勇者ロトの物語……、か」
 
かつていずこかに存在した、アリアハンという王国。
 
その国で生まれ育った勇者オルテガの息子が、16歳の誕生日に仲間を得て旅に出かけ、彼らと共に大魔王バラモスを見事討伐するというストーリーだ。
 
読み始めてまず、主人公の少年が自分と同じ勇者だということに共感を覚えた。そして、己れの意志とは関係なくその役目を負わされているという、選択肢のない無理矢理感も似ている……と感じた時には、すでに壮大な物語にどっぷりと心をとらわれていた。
 
(邪悪を倒し、世界に平和を取り戻した勇者は、アレフガルドを統べるラダトーム王家よりその栄誉をたたえられ、偉大なるロトの称号を授かったのでした)
 
なんだ、ロトって称号か。名前かと思ったら違うのか。
 
栄誉をたたえられるも何も、なにもせずに見ていただけの連中が勝手に盛り上がっているだけで、勇者はべつに称号なんてもん欲しくもなかったろう……と、少年は読み終えた頁をぱらぱらとめくりながら考えた。
 
称号で物は買えないし、名誉ほど世の中で役に立たないものはない。それに、結末をはっきりと書かずにぼかしてあるが、この称号を得たがゆえに勇者はうかつにアレフガルド大陸を離れることが出来なくなり、故郷のアリアハンに帰ることなく異国の地でその生涯を終えた……と暗にほのめかされている。
 
偉大なるロトの称号はまだ年端もいかない若い救世主の、長い残りの人生を鎖のように縛りつけたのだ。
 
(ふるさとには、子供の帰りを待ってる母親もいただろうに。親不幸な奴だ)
 
いくら世界を救ったって、たったひとりの親を泣かせたらどんな栄誉も帳消しだ。

俺には戻る故郷ももうないのに、進んで捨てるとはなんて贅沢な奴だ。
 
考えているうちに、今は亡き母親のはっはっは!という顔じゅう口にしたような豪快な笑い顔を思い出し、天空の勇者の少年はあわてて首を振ると、分厚い本をばふ、と額の上に乗せた。
 
(違うか。親不幸は、……俺だ)
 
いくら馬鹿な連中に強引に引きとめられたとしたって、ロトの勇者はアリアハンに行く方法くらい知っていただろう。
 
自分を祭り上げようとする奴らの目を盗み、こっそりと懐かしいふるさとへ帰る方法を。
 
だが、敢えてそうしなかった。勇者は母親のもとへ帰れなかったんじゃない。自ら選んで戻らなかったのだ。子供が親へ贈る最大の感謝の表わし方は、いつまでもそばにいることじゃない。巣立つことだ。自分の足できちんと生きていくことだ。
 
今暮らすのはいずこの地か、故郷は遠く離れども、わたしは今日も立派に生きている。
 
だから父よ、母よ。どうか安心してくれと、その人生をもってありがとうのあかしにすること。
 
(俺には、出来なかった。父さんと母さんにありがとうなんて言えなかった。そしてもう二度と取り返しがつかない)
 
それでも、今も見ていてくれるだろうか。空の向こうから。

何ひとつ血のつながりのなかった息子を目の中に入れても痛くないほど可愛がり、文字通り命と引き換えにして最期まで守ってくれた両親は。
 
これから俺はどう生きていけば、あれほど愛してくれた父と母に感謝で報いることが出来るんだろう。
 
勇者ロトのように、書物として後世に残るような華々しい活躍をすれば、あの世で少しは喜んでくれるだろうか。
 
天空の勇者の少年は肩をすくめると、本を枕の下に差し入れ、静かに目を閉じた。

遠い昔の会ったこともない、もうひとりの勇者の物語。胸苦しいほど憧れるが、自分はもう読み返さないだろう。彼と自分の世界は違う。真似をしたってしょうがない。俺は俺のやり方で生きていかなければ。
 
それに俺は彼と違って、帰ることが出来る家がない。安心させてやりたい親もいない。栄誉ある称号を得たのだと、便りを送りたいなつかしい故郷もない。
 
俺は勇者ロトじゃない。

俺は、アリアハンに行く方法を知らない。



ーFINー



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