導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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30・瞬く間


西の大国サントハイムの王女アリーナと、彼女の幼馴染でもあり旅の従者でもあった神官クリフトが、身分という壁を越えてめでたく結婚し、瞬く間に月日が過ぎた。

アリーナの父親、前国王アル・アリアス二十四世の命を受けて電撃的に還俗し、異例の元聖職者の新王として即位した、かつての神の子供。

エンドール、ボンモールら世界の列強は、直系の王女を押しのけて立位した身の程知らずの若造のお手並み拝見とばかりに、交易品の関税を突如引き上げたり、通商条約の改正を強引に求めたりと、新婚の若き王にここぞと無理難題を仕掛けて来た。

「困りましたね」

報告書を淡々と読みあげる事務官の声を聞きながら、彼が発した言葉はそれ、ただひとことだったという。

「困ったな」

幼いころから修道院で暮らし、およそ神への勤行しかしたことのなかった彼が、王として即位後圧倒的な政治能力を発揮し、サントハイム治世に辣腕(らつわん)を振るったのはその後の歴史書の記述を見ても明らか。

人はどんな才能を秘めているかわからない。

稀代のおてんば姫として名高かったアリーナ王女も、結婚後次々に子供にめぐまれ、すこやかな母であり、英明な夫を陰ながら支えるしとやかで貞淑な妻となった。

……はずもなく。

穏やかな気性の夫を尻目に、かのサントハイム王妃が起こした事件たるや数知れず、詳細は割愛するが、その生涯を閉じるまでにかかわった騒動の数、じつに百を下らない。

ある時は諸外国の王侯貴族の前でドレスをはねのけての武術試合に興じ、女だてらに名だたる歴戦の猛者を全て一撃で倒してしまい、

またある時は騎士のみ出場可能な乗馬大会に乱入し、老いを知らぬ駿馬パトリシアを見事駆って、一等の騎士に栄誉として与えられる金錦の旗印を、なぜか王妃が手に入れるという事態を引き起こしてしまった。

やよおてんば姫の飽くなき天衣無縫、三つ子の魂百までか、と呆れ果てる周囲をよそに、当の夫であるクリフト王はその様子をひどく楽しそうに眺めていたという。

「困りましたね」

そしてまた、笑顔でひとこと。

「困ったな」

なにか事件が起こるたび、彼が発した言葉はいつもそれだけ。意地の悪い家臣たちのあいだでは、国王の発する「困った」には、恐らくもうひとつ別の意味があるのだという揶揄すらささやかれるほど。

だが、それがゆえにいつもサントハイムは平和だった。

おてんば姫の愛する夫が治める国。彼の御代で戦争も紛争も、ただの一度たりとも起きなかった。歴史がたたえるその功績。後世に長く残った愛すべき通り名。そう、神の子供のじゃじゃ馬ならし。

まるで流れ星の一瞬のきらめきのような、ごく短くて単純な彼の口癖から、書物にも記されることのない人生の事実を皆は知ることが出来る。

幸福とはつまり、ほほえみながら困ることが出来る日々のことなのだと。

やがて、瞬く間に月日は過ぎる。どれほどすぐれた国王もどんなにたくましい王妃も、体という砂時計に収められた定めし時間を終えなければならない時がやって来る。

ふたり、土に還り眠りにつく。瞳を見かわして手を取りあって、疲れた子供のようにぐっすりと。不安も悲しみも全てを解き放ち、心を空っぽにして、なにも考えることなく。

そしてその魂が並んで天空にさらわれる頃、世界のどこかでまた誕生する。腕試しの旅にあこがれるおてんば姫と、彼女に恋する優しい神官。

出会って、ぶつかって、愛して、繋がって、朽ちて。歴史は永遠に繰り返す。

涙が出そうにいとおしい、うまれかわりという叙事詩の一頁。世界が夢見る物語。



―FIN―




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