導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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32・ようやく始まった


休みが続くのって嫌いなのよね。

だからって、忙しすぎて少しも休暇にありつけないのはもっと嫌なんだけどさ。

踊り子という職業。見た目の華やかさとは違って実際はかなり体力が必要だ。

毎日毎日、飽きることなく舞台の上で妙技を披露し続け、空いた時間には練習、また練習。

肌もあらわな派手衣装をまとい、銀細工の装身具をこれでもかと振りかざしながら舞う本番とは違い、練習時のいで立ちといったらとことん地味で、およそ色気とはほど遠い。

舞台前に肌を虫に刺されたり、あざを作ってはいけないので、木綿のかわいげもそっけもない長袖の柄なし衣をまとう。もちろん、化粧なんてもってのほかだ。汗であっという間に落ちてしまう。

まあ、あたしはすっぴんも超絶イケてるからそこは問題なしだけどね。

支度小屋の裏手にある練習場。伝説の水妖マーマンもかくやというくらい、全身汗で濡れ鼠になりながら、なかなかマスター出来ない動作を何時間も繰り返す。

面白くもないその裏方作業を何十回、何百回と繰り返しているうちに、どうしても踏めなかったステップがある日突然踏めるようになる。それが練習の成果ってやつ。やればやった分だけついて来る。

だから意外と、努力するのは嫌いじゃない。絶対に裏切らないから。

13歳でモンバーバラの初舞台を踏んで以降、あたしのハードルは常に他の踊り子たちより高めに設定されている。

初めて踊ったジプシーダンス。誰にも出来ないアラベスク・パンシェを難なくこなしてしまったがために、コーミズの田舎村から出て来た名もない小娘に、突如天才少女の名前が授けられた。

当時こそのぼせあがって有頂天になったが、今では天才なんて言葉、大嫌いだ。

こちとら陰で血の滲むような努力をしてる。天才なんて言葉は、そうやってこつこつ積み重ねてきた毎日の努力の全てを、たったひとことで帳消しにしちゃうような気がするじゃない?

太陽があたりをさんさんと照らす真昼のあいだ、あたしはたったひとり、手を振り足を伸ばし腰をひねり、時には床に倒れ込んで悔し涙を流しながら、死に物狂いで練習する。

もうこれ以上一歩も動けないというくらい疲れきった体が、夕暮れと共に不思議と息を吹き返す。湯あみをして汗を綺麗に流し、さっぱりして支度部屋に入る。没薬を焚きしめた香り高い薄絹の舞台衣装に袖を通し、入念な化粧を施す。

他の踊り子たちとは違い、あたしの衣装だけ豪華な金箔が刺繍されている。装身具も他の子たちより高価で、圧倒的に数も多い。人気が高いからこその特別扱い。だからって、気安くやっかんだりしないでほしい。

いい、よおく聞きなさい。言っとくけど人気の分だけ努力してんの、あたしは。

下らない嫉妬心を燃やして、あの女になんとか嫌がらせしてやろうなんて画策する暇があったら、自分の踊りの技術を真摯に磨きなさいっての。

日が沈み月が昇り、今夜も眠らない街の長い夜が幕を開ける。

風がざわめく。星たちが騒ぎだす。酒と恋と歌と踊り。ここは欲望のるつぼ、モンバーバラ。ナイトメアの饗宴に具するは妖艶な美女の朱赤色の唇。

花道を囲む客席は今日も満員御礼。黒々と塗った睫毛は、しばたたくたびきらきら銀粉を蒔く。舞台袖で出番を待っているうちにもう、体がリズムを取り始める。

しゃらん。しゃらん。腰に吊り下げた鈴が鳴る。

さあ、捧げよう。宵闇に愛された巫女の踊り。美酒バッカスよりも神々を誑(たら)す、これがあたしの極めし誘惑の魔法。

びろうどのカーテンを押しやり、華やいだステージへと飛び出した。歓声がわあっと上がる。夜はようやく始まった。



―FIN―




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