導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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39・誤解


「どうか誤解しないでほしいんだ」

熱い紅茶の入ったカップを片手にひたむきな声で語るのは、至って正当な弁解。

並べる文句に一片の偽りもない。無論、彼女が問い詰めてきたわけじゃない。寛大すぎるほど寛大な妻は、そもそもこんな下世話な話題を口にすることなどない。

だから、勝手に自分から告白しているのだ。それが夫としての礼儀だと思うからだ。結婚して既に十数年経った糟糠(そうこう)の妻とだって、時にはこんな会話も必要。

所帯を持つ資格なんてないのではないかというくらい、わがまま過ぎる自分にいつも黙ってついて来てくれる彼女。

わかって欲しい。理解してほしいと願うのは、愛しているからこそ。

「今の旅の仲間たちの中には、女性が三人いる。皆独身だ。

うちふたりはコーミズ生まれの踊り子と占い師の姉妹で、うちひとりは西のサントハイム王国の王女殿下。じつに個性豊かで、男顔負けの強さを持つ女性たちだよ。

三人に、人として深い敬意を抱いている。命を預けられる真の仲間だと思っている。これからも続く苛酷な戦いの日々は、彼女たちの力なしでは決して切りぬけることはできないだろう。

しかし、それは純粋な人間同士の信頼関係であって、当たり前だが彼女たちの存在をそれ以上にとらえたことはない。今までも、これからもだよ。

だから……」

だから?

自分は結婚して子供もいる身だが、もうしばらく、若い女性をまじえた旅を続けるのを許してほしい。

トルネコは口をつぐんだ。とんでもなく勝手な言い草だとわかっていたから、それ以上言葉を続けられなかった。

言っていることはすべて真実なのに、弁解を重ねれば重ねるほど空々しくなってしまう。そもそも、誤解しないでほしい、という言葉自体が途方もなくずれている。彼女は誤解なんてしない。

商売のため、大義のためにいつも家を空け、鉄砲玉のように飛んで行ったきりろくに帰って来ない自分を、文句ひとつ言わず待っていてくれる妻。

こうして旅途中にたまさか戻ると、まかせきりの家業はますます繁盛しており、ひとり息子のポポロは感心するほど立派に育っている。もはや出来過ぎてまったく頭が上がらない。

「あなた」

テーブルの向こう側に座っている妻は、紅茶を一息に飲み干すと、かたんと音を立てて立ち上がった。

そのままつかつかと、こちらへ歩いて来る。トルネコは身がまえた。フライパンで力任せにがつんと一発やられても、文句は言えない状況だ。

もしも、これで終わりです、あなたのような自分勝手な人にはもうついていけません、と三下り半を突きつけられたらどうしよう。

そうだ、その時こそ旅をやめてしまおう。どっちみちたいした戦闘力もない自分ひとり抜けたくらいでは、あの仲間たちの強さは変わることはないはずだ。

わたしがいなくたって、きっと世界は救える。大体、ガーデンブルグの冤罪事件の時だって、みな揃って真っ先にわたしを牢屋に放り込んだじゃないか!忘れてないぞ、あの時の恨み……ぶつぶつ……。

「あなた」

「は、はいっ」

はっと我に返ると、ごく間近に妻の顔があった。

「今、なんなら旅をやめてもいい、わたしがいなくたって世界は救える、と思っていますね」

……読まれている。

「屋号を構えた一国一城のあるじたる者が、その程度の覚悟でどうするんです。腹をくくる、という言葉を知っていますか」

「え?」

「では、初志貫徹、という言葉は」

「……」

「有言実行という言葉は」

「……ネネ」

「じゃあ、女房妬くほど亭主もてもせず、という言葉は?」

「ごめんよ、ネネ」

トルネコは目の前の妻をひしと抱きしめた。体格差のあり過ぎる夫婦は、まるで人の良い森の熊が迷子の少女を抱えあげているような格好になった。

「身体に気をつけて、最後まで立派に目的を果たして」

ネネは笑った。

「そして、どうか無事に帰って来て。他には何もいらないわ。

その時は家族水入らずで、パーティーをしましょう。わたし、腕によりをかけて料理を作るわ。あなたの大好きなニシンのパイも、クランベリーソース入りのケーキも。

最近はポポロもパンの焼き方を覚えたのよ。あなたが帰ってくる頃には、預り所じゃなくてパン屋さんに鞍替えしているかもしれない」

「それもいいな。毎日焼きたてのおいしいパンが一番に食べられる」

「まあ、それじゃやっぱり止めておくことにするわ。あなた、それ以上太っちゃ大変だもの。

伝説の卵のハンプティ・ダンプティみたいに、塀から落っこちて起き上がれなくなっちゃう」

「なんだって。わたしは、あんな卵の詐欺師ほども太っている?」

トルネコとネネは顔を見合わせると、ぷっと吹き出して笑いあった。

並んで台所に立って、熱い紅茶を淹れなおす。やかんを火にかけ、ポポロにも秘密のふたりの秘蔵のクッキー缶を開けながら。

ネネがてきぱきと動くのを横目に、トルネコは満足げな深いため息をついた。

ああ、わたしは幸せだ。

この世のすべての男にとって、奥さんには敵わないと思うほど、幸福なことがあるだろうか?

やかんの口から立ち昇る湯気で、窓が濡れる。硝子の向こうの月は沈んでいない。どうやらまだ夜は続きそうだ。願ったり叶ったりだった。

だってふたりにはひと晩では足りないほど、話したいことがまだまだたくさんあったのだ。



―FIN―




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