導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題
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5・1ゴールドの重さ


「1ゴールド足りませんね」

えー、うそでしょ?もう一度数えてよ。ちゃんとあるはず。あるはずよ。

「ちゃんと数え直させて頂きました。ですが、やはり1ゴールド足りません」

冗談でしょ。だってそれが欲しかったのよ。買うって決めたの。だから必死で貯めたの、お金。お酒も我慢して。練習の後の夜遊びも我慢して。

「とおっしゃいましても、1ゴールド足りないものは足りないのです」

ねえ、本当はあんた、1ゴールド銅貨一枚落として見失っちゃったんじゃないの?それを足りないってあたしのせいにしてるんじゃないの?そういう冗談、笑えないわよ。

「……」

やだ、なあにその怖い顔。冗談も笑えないけど、すぐに腹を立てるなんて了見の狭い人はあたし嫌ーい。

「……足りません、1ゴールド。申し訳ありませんが」

わかった。わかったわよ。なによ、ケチ。たった1ゴールドでしょ。1ゴールドくらいすぐに持って来るわ。あたしの職業は踊り子なの。1ゴールドなんて、ものの3分で稼いじゃうんだから。

「それでは、これは機会がありましたらまたお買い上げということで、一旦棚に戻させて頂きます」

駄目!駄目よ!ごめんなさい。悪かったわ。あたしの態度が良くなかったわよね。すぐに1ゴールド持って戻って来るから、お願い。それは売らないで。別のところに隠しておいて。

「そうはおっしゃいましても、うちは取り置きはやっていないものですから」

だったら今日から始めればいいじゃない。いまどき取っておいてもくれない店なんて、サービスが悪いにもほどがあるわ。

「たまたまこの数日ここで蚤の市を開いているだけで、ずっといるわけじゃありませんからね。

それにこういった類の商品は、爆発的に売れるわけではありません。取り置きの必要がないのです」

でも、あたしは取っておいてほしいの。出来れば人目につかないところに隠しておいて欲しいの。たぶんもうすぐここに、あたしによく似た髪の長い女の子が来ると思うのね。その子だけには、見つからないようにしてほしいの。

「お客さんが欲しいとおっしゃっている、このゴッドサイド産の水晶玉をですか?」

ええ、そう。

「もしかしてこれは、そのお方へのあなたからのプレゼントなのですか?」

う、うるさいわね。そんなことあんたに関係ないでしょ。

霊能力を持つあの子が、占星術を学ぶためもうすぐ来る13歳の誕生日に村を出ることも、モンバーバラで踊り子修行中のあたしはそれについて行けないことも、あんたには何の関係もないわよ。

「しばしのお別れの餞別兼、誕生日プレゼントってやつですか。粋なことを企みますね。それにしてもさっきあなたは、修行中だとはおっしゃっていませんでしたが」

ぎく。

「まだ修行中のお方が、果たして踊りでお金を稼ぐことができるのでしょうかね」

仕方ないじゃない。誰にだって下積み時代ってものはあるの。世の中に、シンデレラストーリーが本当に存在するとでも思ってるの?

夢を叶えるため、人はがむしゃらに努力しなきゃいけない時がある。あたしにとっては今がその時。そして、これからのミネアにとっても。

「そうですか。だったらあなたのその夢に、わたしが1ゴールド賭けさせて頂きましょう」

え?

「この1ゴールドは、夢をかなえた未来のあなたの出世払いということでお願いしますよ」

……いいの?おじさん。

「ええ、なんだかあなたの真剣な目の光を見ていたら、わたしも興味が湧いて来ました。あなたが本当に夢をかなえることが出来るのか。そして、あなたの大切な人が本当に夢をかなえることが出来るのか」

ありがと、商人さん。こんな田舎村に珍しく旅の商人さんがやって来たと思ったら、あんたみたいないい人で本当によかった。

「わたしは旅の商人ではなく、じつは大陸向こうのレイクナバの武器屋の雇われ人でしてね。主人の買い付けに付き添ってたまたまこのような遠方まで来たので、ここで蚤の市を開いているんです。

いずれ自分の店を持って、商売の旅もしてみたいと思っていますが」

ふーん、あんたにもかなえたい夢があるってわけね。だったらそれ、あたしも応援する!お互い精一杯頑張りましょ。

わあ、大変!ミネアが来たわ。じゃあね、おじさん。あ、それと。

「なにか?」

商売の旅をしたいなら、もう少しやせた方がいいわよ。そんなに丸々太ってちゃ、武器屋の雇われ人どころか、間違って料亭で丸焼きにされてお皿に乗せられちゃうかもしれないからね。

「……く、口の悪い踊り子さんだな、まったく」

縁があったら、また会えるといいわね。1ゴールド分の重さの夢が、あたしたちを再び引き寄せてくれますように。

最もあたし忘れっぽいからさ、次会ってももう覚えてないかもしれないけど。

「それは、こっちもですよ。毎日嫌というほどの数のお客様を相手に商売していますからね。値段をまけるのは本当は好きじゃない。あなたの夢がかなうことを、心から祈るばかりです」

じゃあ、またね。商人さん。また会いましょう。あたしとミネアとあんたの、1ゴールドの重さの夢がかなったら!

「ええ、またいつか会いましょう。踊り子さん。わたしたちの1ゴールドの重さの夢がかなったら、ね」



−FIN−




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