導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題・2
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60・孤島の支配者


(……小さいな)

そのメダルを手のひらに乗せたとたん、これまでのさまざまな苦労を思い出し、背筋が引き締まるような思いが勇者の少年の心を駆け抜けた。

小さなメダルとはよく言ったものだ。確かに、1ゴールド銅貨の半分の大きさもなかろうかというほどに小さい。だが、眩しいほどの黄金色に輝いている。

貨幣の両面に彫り込まれたレリーフは五芒星で、星を囲むようにして象徴的に小さな円が五つ彫られている。

(人ん家のタンスを漁ったのなんて、これが初めてだった)

ほんの一年前に勇者として旅に出ることになった、緑色の髪と瞳をした美しい少年は噛みしめるようにそのメダルの輝きを見つめた。

いいや、人ん家のタンスだけじゃない。商家の庭先に大切そうに置かれている壺とか、樽。こじんまりした素朴な民家の軒先に置かれた壺。井戸の底の壺。洞窟の壺。城の中の壺……。

そうだ、今思い返しても、全体的に壺が多かったように思う。

最初はためらったものの、壁に叩きつけるように投げ壊すのが心地良くて、途中からはつい躊躇なく放り投げていたが、やはりどう考えても自分はおかしかった。カシャンという割れる音が意外と好きだとか、そんなのは理由にもならない。

(これが勇者として、俺のやるべきことなのか)

もちろん、悩んだ時もあった。常日頃「神が」「神の教えが」と口当たりの良いことばかり言う神官クリフトが、この時に限ってまったく言葉を発さず黙って壺を叩き割るのに、大いに疑問を抱いた時もあった。

(てめーは聖職者じゃねーのかよ)

(ツボ、勝手に割ったらダメだろ。人んちのタンス、勝手に開けたらダメだろ)

だがおてんば姫アリーナも聡明な占い師ミネアも、英傑たる王宮戦士ライアンですら、この件に関して一切の異論を唱えることはない。戸惑うことも、迷うこともない。みな民家に足を踏み入れたとたん、憑かれたように表情ひとつ変えずタンスの引き出しを開け、タルを押し倒し、ツボを叩き割る。

その動作の俊敏さと言ったら、まるで「探せ」という名の魔法をかけられたかのようだ。だがなにを探しているのか、実際のところ皆にもわかっていないのだろう。だからたとえば開けた引き出しからぎっしりと紙幣でふくらんだ財布が出て来ても、見向きもしない。特別に金目当てというわけではないからだ。

そのくせ、ぼろぼろの革袋になけなしの2ゴールドがぽろんと入っているのを見つけようものなら、もろ手を上げて大喜びする。馬の糞ですらためらいなく懐に収める。

おいおい、それもこれももらっとくのか、もう形さえあればなんでもいいんじゃねーのか。勇者の少年は声を大にして突っ込みたいが、誰も何も言わないので口にすることが出来ない。

馬の糞は、くさい。どう考えても悪臭のするそれを無言で道具袋にしまい込むトルネコを見ると、えも言われぬ感情がこみ上げる。

もはや、だからさあ、なんでそれを持ち歩くんだよ、という追及をする気はない。だが、頼むからメシや薬草と一緒にだけは保管しないでほしい。それだけ守ってくれればもうあとのことはいい。常に行動を共にする仲間だからと言って、所詮他人を全て理解することなど出来はしないのだから。

(おかしなことばっかだけど……、でも、これは綺麗だ)

手のひらに乗せた小さなメダルの美しさ。

裏も表もきらきら光って、まるで銀河のはしっこからすばしっこい星くずがこぼれ落ちてきたみたいだ。

山奥の村で隔離されて育った勇者の少年は、旅に出るまでお金の存在を知らなかった。物を手に入れるには対価の金銭を支払わなければならないと学んだ。それさえ持っていれば食べ物や武器が手に入るという、少しくすんだ銀貨や金貨は宝石のように美しく見えたものだった。

だが、この小さなメダルは世間に流通する貨幣とは違い、物を買うことはできないらしい。要は子供のおもちゃと同じ、お金を模したただのガラクタなのだ。綺麗だけれどなんの意味もない。

そして、そんなメダルを三度の飯より大切にし、一心不乱に集めている奇特な人物がこの世界のどこかにいるという。

北東の海に浮かぶ孤島の支配者。

王でもないのに冠を被り、はりぼてのご立派な城にたったひとりで住みながら、メダルを手に馳せ参ずる者をただひたすら待ち続けている。

メダル王。なんだそれ。収集癖に王を冠してもいいのなら、誰だって王になれるだろうが。例えば切手王とか、トレカ王とか。なんならクイズ王とか、ラーメン王でもいい。人はあるひとつのものに異様なまでに執着すれば、王になることが出来るのだ。

勇者の少年は拳を丸め、小さなメダルを握りしめた。ここまで来れば、認めずにはいられなかった。

(でも……俺、ちょっと憧れてる)

ひとつのものを究極まで追い求めた、なにものにも守られぬ裸一貫の王様に。

ツボと言うツボを叩き壊し、とんでもない無法を堂々と働きながら、世界中に散らばったメダルはすべて集めた。全部で何枚だったか、最後の方は1000ゴールド見つけるよりもガラクタのメダル一枚手に入れることが嬉しく感じたものだ。

それによってなにが手に入るのかよりも、それを手にした時、圧倒的に変わり者の孤島の支配者がどのような反応をするのかが見たい。

勇者の少年はふとほほえみそうになる唇を引き締め、物を買うには小さすぎる輝くメダルを、そっと懐にしまい込んだ。



――FIN――




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