導かれし者たちの短編

□ドラクエ4字書きさんに100のお題・2
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45・天空人の寿命


「そんなに知りたいのならば、聞いてみればいいのではありませんか」

サントハイム出身の、蒼い瞳をした友人は遠慮がちに言った。

「その……、貴方様の、実のお母君に」

「なんて聞くって言うんだ」

緑の目をした少年――このところ精悍さをぐっと増したその美しい容貌は、もう少年と呼ぶには凛々しすぎたが――は、馬鹿にするように鼻で笑った。だが表情の硬さが、彼の内心の葛藤を物語っていた。

「大地の精霊エルフは、千年の時を生きるという。だったら雲の上で生きる羽根の生えた天空人の寿命は、一体どのくらいなんですか、とでもか」

「恐らくエルフと相応程度の時間は与えられているはずです」

少年の友人は真剣な顔で言った。彼がこう述べるに、古い文献や伝承をくまなく調べたのだろう。憶測だけで不用意な発言をする人間ではない。

「古来より、守り人たる種族は総じて長命です。エルフは大地の守り人。天空人は空の守り人。その命に極端な差があるとは思えません」

「じゃあ、仮にどっちも同じくらい生きることが出来るとして、だ」

少年の緑の目に、深い揺らめきを帯びた光が広がった。

「半分人間の血が入っている俺は、単純に考えてその半分の長さの命だ。つまり、エルフが千年生きるなら五百年。五百年なら二百五十年。

いや、もっと短いかもしれない。元来、合いの子の命は弱いというからな。そのぶん五十年差し引くとして……まあ、ざっと二百年か。

俺に与えられている時間は二百年。あと百八十年近く残ってる。

つまり、もしもお前が百歳で死んだとしても、俺にはそこから百年近くも余る。そして、……あいつと最期まで過ごすには三百年も足りない」

少年は自嘲するようにほほえんだ。

「すげぇ中途半端だ」

「自分の命の長さなど、誰にも測れはしないのですよ」

クリフトは真摯な瞳で少年を見つめ、言った。

「たとえどんな種族であろうとも、一秒後には死んでしまうかもしれない未来を抱えています。

それが、命ということ。生きるということ」

「でもその可能性は低い」

「死を可能性で測るほど、馬鹿げた話はありません。世の中全ての命が、望むだけ生きた末に満足して死んでゆけるとでもいうのですか」

「だとしてもお前は年を取れば顔に皺が出来、髪に白いものが混じるようになる。体と心が同じように年を重ねることが出来る。

だけど、俺はこれから先どんなふうに老いて行くのかわからない。そもそも、老いるのかどうかさえわからない。

天空城の……、母……、あの人を見ただろ。俺を生んだ人なのに、俺とあまり年が変わらないように見えた。

俺は好きな女を遺して先にいなくなる上、仲間たちがうまく年を取って行く中、ひとりだけいつまでも若造の姿のままなのかもしれない。

それが、怖いんだ。未来の自分を考えるのが恐ろしいんだ」

クリフトは何も答えず黙っていたが、やがてそっと少年の背中に手を添えた。

「あなたの魂は、激動の歴史を共に生きた仲間たちを順番に見送るという、なにより気高い役目を選んで生まれてきたのです。

そして、心から愛する者に最期を看取ってもらえるという運命をも選んでいる。それは、とても幸せなことだと思いませんか。

未来を考えるのが恐ろしいのは、なにも見えなくて不安だからです。人は得てして見えないものに、恐怖という名の自分勝手な絵を描こうとします。

本当はそこに、幸福というかけがえなく美しい色彩が自由自在に踊っているのに。

「わからない」のに、「かもしれない」と感じるのは、矛盾していると思いませんか?「わからない」ことは「わからない」のです。だったらなにも考えず、不安や心配は頭の外へ放り出してしまえばいいのです。

今、確かにわかっていることだけを見つめて下さい。あなたはわたしの大切な親友で、わたしはいくつになってもずっと、あなたのそばにいるということです。

たとえこの命があなたより先に尽きたとしても、消えることのない魂となってあなたのそばに」

「魂なんて、この目で見たことがない。見えなかったら意味がない」

「本当にそう思いますか。目に見えないものには意味がありませんか?」

蒼い瞳の友人は、からかうように小首をかしげて少年のふてくされたような顔を覗き込んだ。

「だったらあなたには、日々感じるこれらすべてに意味がないのですか。

胸をすく澄んだ空気。甘い花の香り。誰かがくれた優しい言葉。まっすぐに見つめる視線。

豊かに奏でられる音色。肌に押し寄せる寒さ。暑さ。好物を食べた時、口いっぱいに広がるおいしさ。体を動かした後のなんともいえない心地良さ。

そして、胸にあふれる愛。友を想う心。この人生で、これほどに大事な仲間と出会うことが出来た喜び。

どうです。わたしがいとおしく思うことは、みんな目には見えません」

「……屁理屈ヤロー」

緑の目をした少年は雄弁な友人を睨むと、ふっと笑った。

「そういえば、命も目には見えないな」

「だから、いとおしいのですよ。ただそう感じるだけでいいのです。

見えないけれどそこにあるものを、一瞬一瞬全身全霊でいとおしむ。人はそのために生まれて来るのですから。

なにも難しいことなんてない。とても単純です」

人は人はって、だから俺は半分しか人じゃないって言ってるだろ、と言おうかと思ったが、屁理屈に屁理屈で返すのも格好悪いと思い、余計なことを口にするのはもう止めた。

それに、この聡明な友人が言いたいのはそんなことじゃない。それもちゃんとわかってる。

見えないものを不安に思わなくていい。今という時をただいとおしみ生きていけばいい。

愛する者と、仲間たちと共に。

だから天空人の寿命について、その後ふたりのあいだで会話が交わされることはもう二度となくなった。



―FIN―




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