勇シン短編1

□洗濯をやってみよう
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洗濯をやってみよう。

突然だが、そういうことになった。

理由はシンシアが、季節外れの風邪を引いて寝込んでしまったから。

この季節外れのってところが、おっとりしてなにかとワンテンポ遅れがちな彼女らしく、ほほえみを誘われるところではあるのだけれど。



……で?



「洗濯って、どうやるんだ?」


少年は整った美しいかんばせに困り果てた表情を浮かべ、井戸の前に立ちつくした。










洗濯をやってみよう

〜Gotta do laundry!〜











世界は今や、夏真っ盛り。

太陽は早朝からじりじりと東の山稜を焦がし、山奥の村を取り囲む分厚い森林は、今が盛りと琥珀の腕先にあおあおと若葉を茂らせている。

「明け方近くになると、気温が下がるでしょ。

寝入りばなにかいた汗が乾いちゃって、それできっと、寝冷えしてしまったのね。

すこし休めばすぐに治るから、心配しないで。ごめんね」

いつもと違う苦しげな鼻声で言い、くしゃみを立てつづけに三回した後、シンシアはベッドに横たわって力なく目を閉じた。

なめらかな頬は真っ赤で、呼吸が荒い。額には汗の粒が浮かび、熱も相当高いようだ。

かつて勇者と呼ばれ、この世界を平和に導く立役者として働いた天空びとの血を引く少年も、恋人の病気の前になすすべもなし。

女神も青ざめる美貌は隠しきれない不安でくもり、なんとかしてやりたいがどうすればいいのかもわからなくて、ベッドの端に座っては何度も話しかける。

「薬、ちゃんと飲んだか」

「うん。こないだクリフトさんが遊びに来てくれた時に、たくさん薬草を置いて行ってくれたでしょ。お水と一緒に飲んだよ」

「寒くないか。布団、足りないんじゃないのか。もう一枚持って来るか」

「ううん、大丈夫」

「腹、減ってないか。飯……芋粥とか、スープとか、なんか食っといた方が」

「まだ、お腹はすいていないみたい」

「西の森に、今年初めての葡萄がなったんだ。潰して絞って、果汁を飲むか」

「あ、あの……、ね」

シンシアは熱でぼうっとした瞳を勇者の少年に向け、申し訳なさそうに言った。

「ごめんね。少しだけ、眠ってもいいかな。

そのほうがきっと、早く治る気がするの」

「……ああ」

勇者の少年はばつが悪そうに顔を赤らめた。

「そのほうがいい」

「ごめんね」

なんで病気して苦しんでる人間に、何度も謝らせてるんだ、俺は。

少年はなぜか手酷い失敗を犯してしまったような気になり、悄然と部屋を出た。

だが出たものの、どこにいても不安が募って落ち着かなくて、結局もう一度扉を開けて、すごすごと戻る。

気まずそうに扉口に立っている勇者の少年に気がついたシンシアは、うっすらと目を開けてほほえんだ。

「やだな、どうしたの?

今にも泣きだしちゃいそうな顔してるよ。あなた」

だって、怖いんだ。

思わず答えそうになって、勇者の少年は言葉を飲み込んだ。

「……あのさ」

「うん」

「俺に、なんか出来ることあるか」

「うーん、今は、とくにないかな」

「お前が今日のうちに、やっておくつもりだったこととか」

「やっておくつもりだったこと……」

シンシアは宙を力なく見つめ、思いついたように眉を上げた。

「そうだなぁ。

強いて言えば、お洗濯かな」

「オセンタク」

勇者の少年は呆然と繰り返した。

「表の井戸の前に、お風呂場から石鹸と盥を持って行って、汚れたお洋服を手で洗うの。

よく絞って、叩いて皺を伸ばして、麻紐を張って作った物干しに干すんだよ。

でも、あなたにそんなこと……」

「まかせとけ」

勇者の少年は胸を張って力強く言った。

「洗濯なんて、簡単だ。

俺があっというまに終わらせてやるから、安心してゆっくり休め」


お前がちょっとでも楽になるのなら、地獄の帝王の服だって百枚も洗濯してやる。

洗濯だけじゃなくて掃除も料理も後片付けも、これから毎日全部俺がやってもいい。


だから、頼むから。


内心の切実な願いを押し隠し、勇者の少年は部屋を出ると、精一杯気軽な調子を装って呟いた。


「早く、元気になれよな。シンシア」
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