勇シン短編1

□洗濯をやってみよう
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洗濯のコツとは、必ずしも洗う力加減だけの問題ではない。


はたち目前の最後の少年期に、初めて知った生活の知恵。

汚れのひどい物は湯につけておいたり、たいらな所に汚れた服を敷いて、染みを石鹸でひとつひとつこすって落としたり、また一度水だけでよく洗ってから、改めて石鹸を使って盥で踏み洗いしたり。

そんな小さなひと工夫を、あのぽやーっとしたシンシアが毎日きちんとこなしていて、しかもそれが、自分の育ての母親が生きていた頃、彼女に残らず教え込んでいたのだと言うこと。

小さな頃から、ふたつぶのさくらんぼのようにいつも一緒に過ごして来たのに、まだまだ知らなかったことはたくさんあった。

こうして自分でやってみなきゃ、多分これからも気付かなかった。

愛する人が、見えないところで努力してくれていること。

それを当たり前のようになにごともなく受け止めて、感謝すらしていなかった自分。

病気が治って、あいつがすっかり元気になったら、恥ずかしがらずに目を見てちゃんと言おう。







いつも、ありがとう。








「えーと……、まずは、なにから始めりゃいいんだ?」

家のすぐ真横にしつらえてある井戸の前に立って両腕を組み、美麗な眉をひそめて考え込む。

容赦なく照りつける夏の日差しに、早くもこめかみに汗を浮かべつつ、勇者の少年はしばし考えてはたと思いついた。

「そうだ。洗濯物を持って来なきゃ、話になんねぇよな」

で、その洗濯物ってのはどこにあるんだ。

それすらわからない自分に呆れながら、少年は踵を返してふたたび家に戻り、中をひとりうろうろした。

土間を見まわし、しゃがみ込んでテーブルの下を覗き、台所に行って鍋のふたを開ける。

こんなところにあるわけないだろ……と自分に突っ込みを入れたところで、そうだ、風呂場だ、と思い立つ。

案の定、浴室の前の脱衣所代わりの小部屋の隅に、大きな木籠に押し込められたしわくちゃの汚れものの山が積まれていた。

勇者の少年は、木籠を抱きかかえるようにして表の井戸まで運び、無造作に地面に籠ごと、どんと置いた。

汚れものはうず高く積み上げられ、シンシアと自分、たったふたりきりの暮らしなのに、なぜか意外と洗うべき衣服の量は多い。

埃っぽい服の山に無造作に手を突っ込んで、中から一枚を掴みだす。

皺苦茶でよれよれの、着用済みの衣服の惨状を目のあたりにすると、少年の唇からうう……、と抑えようもない唸り声が洩れた。

引っ張り出した木綿のチュニカの胸部分は、見事なまでに汚れの饗宴。

糸のような細かい木屑が繊維の奥までもつれ込み、ひとすじなわでは落ちないであろう濃い染みが、奇怪な形の地図を描いている。

前掛けの必要な小さな子供じゃあるまいし、いったい誰がこんなに服を汚したんだ?

ひとりごちてすぐ、勇者の少年は白けた顔になった。

………俺だ。

木彫りを作って売るのを生業とする自分は、昼日中、村の隅の小さな乾燥小屋にこもって、木工製品作りに精を出す。

以前は愛用のククリナイフだけでなんでも器用に作り上げていたが、四本足のテーブルに椅子、箪笥や机など、作るものが大掛かりになるにつれて、専門の鑿(のみ)や鉋を使って彫るようになった。

当然、腕力も必要になる。汗もかくし、時には大きな木材に体を密着させて、何時間も同じ姿勢で彫り続けることもある。

つまり、言ってみればこの汚れには、一日頑張った俺の苦労が凝縮されているようなもんだ。

血と(血は流してないが)汗と、涙の(涙も流してないが)結晶だ。

だが、貴いが決してきれいとは言い難いその結晶を、春夏秋冬、暑い日も寒い日もシンシアの細腕に洗わせていたのだと思うと、もしかしたら彼女が風邪を引いたのは、自分のせいなのではないかという気がして来る。

これからはもっと、服を汚さないように気をつけよう。

っつうか、俺が自分のぶんは自分で洗えばいいんだ。そうだ。

背筋が自然と伸びるような、生真面目な気持ちになると、勇者の少年は備え付けのつるべを使って、桶で井戸から水をくみ上げた。

深呼吸ひとつして腕まくりをし、山のような汚れものに腕を伸ばすと、生まれて初めての洗濯に取りかかった。
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