勇シン短編1

□寒い夜は眠らせないで
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「もっと、そばに来て。もっと強く」

抱きしめて……と続けようとした囁きは、唇を押しつけた広い胸に溶けて消えた。

打ちたての羽根布団を三つもかき集めた寝台にもぐり、シンシアはかつて天空の勇者と呼ばれた幼馴染の少年の腕の中で、子供がむずかるようにいやいやの仕草をしてみせた。

「駄目。これじゃ足りないよ。もっとぴったりくっついて」

「………」

緑色の目をした勇者の少年は返事に窮すると、鞭のようにしなやかな腕にさらに力を込めて、シンシアの細い身体を自分の裸の胸にぎゅっと押しつけた。

寒い冬こそ服を脱いで、肌と肌を寄せ合って眠ると温かい。

きっかけはなんだったのだろう。かつての仲間である奔放な踊り子マーニャが山奥の村に遊びに訪れた際、冗談交じりに口にしたのだったか、それとももっと真面目に、雪山の遭難者が助かる方法をことこまかに書いた教本をたまたま読んだのだったか。

とにかくそうと知ってから、無邪気なシンシアは雪が降るほど冷え込む晩は必ず、それが生き物としてごく当然の行動なのだというようにさっさと服を脱いで布団を被り、隙間からひょこっと顔だけ出して、にこにこと少年へ手招きするようになった。

「ね。一緒に、寝よ」

生まれたての鳥の雛たちが、まだ羽毛に包まれていない身体をくっつけて暖を取るかのように、なにも身につけない姿で寄り添って眠るのは確かにとても温かい。

どうして厚着をするより、服を脱いだ方が温かく感じるのだろう。寄せた肌からはシンシアのまとう馥郁たる花の芳香が漂い、じっとしていると頭がぼんやりして、これ以上心地よい寝床が他にあるだろうか、という気分になって来る。

ただ問題なのは、その心地良さに反して心臓の鼓動は容赦なく高まり、さっきまであれほど襲って来た眠気も腕の中のシンシアが甘えるように胸に頬をすり寄せたとたん、たちまちにして醒めてしまうことなのだった。

「これじゃ足りないよ」

シンシアはまた繰り返した。

「もっと、強く……」

「これ以上は無理だ」

勇者の少年はついに音を上げ、くっつき過ぎて暑くなったという風を装ってさりげなくシンシアから腕を離した。

「それにあんまり腕に力を入れると、お前が痛いだろ」

「でも、これじゃ全然くっついてるって気がしないんだもの」

シンシアはまた、無垢な童女のような仕草で首を横に振った。

「わたし、もっとあなたと近づきたいよ。昼間、外にいる時に服を脱ぐなんて出来ないでしょう?だからこの時間だけは、ありのままのあなたを思いきりひとり占めしていたいよ。

大好きなあなたと、身体なんて隔たりを取り払って、ふたりでひとつになりたいよ。

おかしいかな。子供の時はちっとも思わなかったのに。でも、こうしてあなたのそばへもう一度戻って来ることが出来てから、わたし、気がつくといつもこんなことばかり考えてるの。

あなたとひとときも離れていたくない。二度と別々にならないように、このまま抱き合って氷みたいに溶けて、大好きなあなたの身体の一部になってしまいたい……」

少女の囁きがまるで昔話の天女の羽衣のように空を波打って耳を滑ると、少年の瞳の奥で窓の外の雪と同じ、真珠色の幻光が弾ける。

どうしてこの精霊の恋人はこんなにも素直に真摯に、心にあふれる想いをきちんと言葉に換えることが出来るのだろう。

そんなところが羨ましくて、尊くて、時に小さな嫉妬も感じて、そして……たまらなくいとおしい。

勇者の少年は一旦離した身体をもう一度寄せ合わせ、シンシアの小さな頭を抱え込むようにして抱きしめると、柔らかい前髪をかき分けて額に唇を押しあてた。

「お前の言いたいことは、よくわかった」

「ほんとう?」

「ああ。……でも」

少年の美しい声音が、ふっと喉に絡んでかすれる。

「もしもお前の望む通りにするのなら、今夜はもう……」




眠れないかも、しれないぞ





「いいよ。……いいの」

覆いかぶさる勇者の少年のなめらかな身体の下で、シンシアは桜色の吐息を洩らして嬉しそうにほほえんだ。

「眠るなんて、もったいないの。わたしたち、命をひとつきりしか持っていないの。いつも時間が足りないの。

だから、あなたと少しも離れたくない。好きなの。好き。大好き………」

尖った白い耳に触れた唇が同じように愛の言葉を返したのかどうかは、少年の首に両手を回した少女以外、誰にも解らなかった。

ただ、雪の降りしきる夜更け、橙色の蝋燭の明かりにふたつの影が揺らめく部屋だけが温かかった。

「もっと、そばに来て。もっと強く……」

途切れ途切れの訴えに答えるように少年は少女を抱きしめ、彼女だけに聞こえる声でなにごとかを小さく呟くと、その唇にありったけの愛を委ねるように深々とくちづけを交わした。






−FIN−





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