勇シン短編1

□祈り
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神様。


そこにいるのかな。


この空の向こうの、また向こうがわの光の海に浮かぶ、真っ白で大きな雲の中に。

お願いがあるの。

そう、たったひとつだけ。

あなたはわたしを生き返らせてくれた。

砕けてばらばらになったわたしの魂を、再びひとつに集めて、大切なあの子の元へと返してくれた。

嬉しくて、嬉しくて。

役目を終えて剣を置き、これからはひとりで生きるしかないんだと信じていたあの子のさびしい緑色の目が、

わたしを見つけたとたん、まるで魔法がかかったみたいに、みるみる鮮やかな煌めきを取り戻したのが、なによりも嬉しくて。

うん、今は毎日が楽しいわ。

一緒にごはんを食べて、一緒に寝て、なにをするにもふたりで手を取り合って、

まるで生まれた時から一緒にいるウサギの兄妹みたいに、あの子はいつもわたしのそばから離れようとしないの。

大好きだから、こうして毎日あの子に触れていられるのは、夢みたいに幸せ。

でも、ほんとうは少し怖い。

こんな奇跡がまさか自分の身に起こるなんて、思ってもみなかったから。

きっとあの子も、そう思ってる。

時々とても不安そうな、迷子の子供みたいな顔をする時があるもの。

だからわたしは言うの。

ねえ、わたしのことなんて気にしないで、もっと街や城や、外の世界に出掛けて行きなさいって。

あなたは世界を救った勇者で、みんなの英雄で、この世のなにを望んでも許される権利を持ってるんだからって。

答えはもちろん、否。

取り付くしまもなしよ。

あの子はああ見えて、偏屈な年寄り猫みたいにわがままで、すごく頑固だから。

小さい頃からなの。ずっと村から出ることなく暮らして来たし、みんなにとても可愛がられていたからね。

決して汚れないお水で育った魚が、突然荒れ狂う海にほうり出されたみたいに、急にひとりぼっちにされちゃってから、

あの子はもう二度と失わないように、自分からなにかを手に入れようとは決してしない。

なにも持たなければなくすこともないって、まるで心に印をつけたみたいに、堅く信じているの。


でも、それがあの子の幸せなのかな。


あの子なんて呼んでいるけれど、もう19才。

あんなに強く逞しく健やかな子が、まるでお話の中の天使みたいに美しい子が、

こんな山奥でわたしとふたりきり、フクロウみたいに引きこもって暮らすことが、ほんとうに正しいことなのかな。


神様、教えてください。


あの子は幸せですか。


わたしはあの子を、幸せにしてあげられますか。


エルフのわたしは、はんぶん人間の血が流れるあの子より、きっと先に死ぬことはない。

あなたにもう一度もらったこの命のすべてを、わたしはあの子のためだけに使って行くつもりです。


だから、お願い。


たったひとつだけ。


神様、あの子の笑顔を守って下さい。

どうかあの子の微笑みが、もう二度と失われませんように。

太陽が空に変わらずあるように、いつもあの子の人生が光輝く幸せに包まれていますように。

そのためならわたしは、星の瞬きに溶ける塵屑にも、灼熱の炎に焦がされる瓦礫にだってなります。


わたしの大切な、たったひとつの宝物。


どうかあの子を守って。



わたしの全てを捧げるから。


お願い、神様。



はい、わたしの名前は、




――――シンシア。






エルフのシンシア。




―FIN―





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