勇シン短編1

□フェアリーテイルの夢
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「むかーし、むかし。あるところに」

「シンシアという、腹をすかした雛鳥みたいに、いつも騒がしい女の子がいました」

「なんですって?!」

「冗談だよ」

「全く、もう」

「それより続き」

「聞きたいの?」

「聞きたいよ。子供の頃母さんが読んでくれた、フェアリーテイルだ」

「じゃあ話すから、もう少しそっちに詰めてよ。狭いんだもん」

「寒いから嫌だ」

「何よ、子供なんだから」

「早く話してよ」

「解ったわよ。

……ある月夜の晩に星が割れ、弾けたかけらの岩が空から降って来たのです」

「星は岩じゃないだろ。だったらどうして光るんだよ……って、

確か昔も同じこと、母さんに聞いたな」

「知らないの?母さんは教えてくれたでしょう?

夜空に浮かぶ星は、実はとても大きな大きな石のかたまりで、

青白い燐の光を放ちながら、いつもぼうぼうと燃え続けているんだって」

「でもシンシア、空に星なんてなかったぞ。

俺、この目で確かめたんだから」

「確かめたの?」

「ああ、天空の城に昇った時、真っ先に空を見渡して星を探した。

城の下には白い雲が、まるで雪割草が咲き誇る野原みたいに、一面に広がってた。

でも雲の上にいるのに、星はどこにも見えなかった。

地上から見るのと同じように空はまっさらで、岩の塊も、燃える星もどこにもなかったんだ」

「ふふ」

「何だよ」

「なあんにも知らないのね。

教えてあげる。星はね、もっと高いところにあるのよ」

「もっと?」

「そう。空を越え、この私たちの住む世界すら見えなくなる遥かかなた、

どこまでも無限に広がる、きらめく銀色の星々の海があるの。

太陽はそこで星たちを見守り、月は太陽の光を集めて動いている。

わたしたちが見上げる星は、その海の中でずっと燃え続けているんだわ。

わたしの……エルフの祖先も、大昔そこからやって来たって伝説があるくらいなのよ」

「そうなのか」

「なあに?嬉しそうな顔して」

「シンシアの祖先も、空からやって来たんだな。

俺と同じ天空の、もっと高いところから」

「わたしだけじゃないわ、みんなそうなのよ。

全ての命は星の海から生まれ、星の光と共にこの地にやって来るの。

そしてまた再び、星の海に還る」

「母さんも父さんも、そこに」

「そうよ、そしていつかわたしたちも必ず、そこへ旅に出るんだわ」

「それなら淋しくないな」

「ええ、ここでふたりきりで暮らすのなんて、星から見ればとても短いあいだだもの。

ただ、私たちふたりが一緒に行けるかどうかは、解らないけれど」

「どうしてだよ」

「わたしは純血種のエルフ。

多分、半分人間のあなたよりずっと長く生きるわ。

やだ、そんな顔しなくていいのよ。始めから解っていたことだし、

それに一度なくした命を再び授かり、今こうして一緒にいられるだけでも、わたしは夢みたいに幸せなんだから」

「……」

「ね、悲しい顔しないで。

ほら、狭いってば。そんなにくっつかないでよ。小さな子供みたい」

「……寒いからだ」

「でもこうしてると、あったかいね」

「うん」

「なんだか眠くなって来ちゃった」

「なあ、シンシア」

「なあに」

「俺はお前を一人にしたりしないよ」

「え?」

「もし俺が先に死んでも、俺はお前の好きな白い花になって、

お前が俺のところに来るのを、いつまでも待つ」

「……」

「一緒に旅したやつに、教えてもらったんだ。

人は死んでも魂は消えずに残り、光や風になって、大切な人を守ることが出来るんだって」

「知ってるわ。わたし、そうだった。

いつもあなたを見てたよ。しゃぼん玉みたいな、ふわふわした存在になって、あなたのそばで」

「花になれるとは言ってなかったけど、まあ似たようなもんだから大丈夫だろ」

「とても素敵ね、それを教えてくれた人」

「お節介で、いくら邪険に追い払っても俺の後を着いて来るんだ。

いつも神様神様ばかり言っては祈ってる、おかしなやつだったよ」

「今はどうしてるの」

「さあ、そういえば手紙が来てたな。

ずっと好きだった主人の姫と、ついに婚礼を上げるから来てくれ、とかなんとか」

「まあ、そんな大事なこと!どうしてちゃんと覚えておかないのよ。いつなの?」

「確かサンザシの花の咲く頃とか……春だろ。まだもう少し先だよ。

そういえばシンシア、お前も招待されてたぞ」

「ええっ、わ、わたし、人間のお城へ着て行くような服なんて、持ってないわ!」

「服なんてなんだっていいさ」

「そんなわけにはいかないじゃない。

わたし、ただでさえ人里ではとても浮くのよ。

なるべく目を引かないような服を着なくちゃ。灰色か茶色、それとも黒」

「結婚式に黒い服は、あんまり着ないんじゃないのか」

「そうなの?ああ、どうしたらいいのかしら」

「どんな格好だって一緒だよ。お前は綺麗だから目立つ。

人間が怖いなら、ずっと俺の横にくっついてりゃいいさ。

それにサントハイムの……クリフトとアリーナの国の奴らは、多分そんなに悪い人間じゃないよ」

「あなたがそう言うなら」

「城に行けば見た事もないようなうまいものが、たくさん食えるぞ」

「わたしはあなたとふたりで、ここで食べるごはんが一番よ。

でも結婚式は見てみたいわ。
きっと花嫁さん、とても綺麗なんでしょうね」

「どうだろうな」

「花がたくさん編み込まれた白いドレスを着て、絹のベールを被って、

絵本で見たような、白金の指輪もするのかしら?

二人で向かい合って、交代で相手の薬指に指輪を嵌めるの。

永遠に愛し合うことを誓って」

「シンシアもそうしたいのか」

「えっ?……ち、違うわよ。ただ素敵だなって思っただけ」

「俺達、なんにもやってないもんな」

「べ、べつにわたし、あなたと結婚式を挙げたいとか、そんな人間みたいなこと」

「春までに指輪を買うよ。約束する。

今は金がないけど、冬の間に木彫りの笛や、箪笥をたくさん作っておく。

街で売れば、銀の指輪くらい買えるはずだ。高いのは無理だけどな」

「わ、わたし……」

「今まで一度も、ちゃんと言ってなかった。

シンシア、お前が俺の奥さんだ。

これからもここでこうして、母さんや父さんの墓を守りながら、お前とふたりで静かに生きて行きたい。

でもずっと二人ってわけじゃないぜ、結婚すれば子供が生まれる。

たくさん生まれたらいいな。

そうすればもし俺が先に行っても、お前は淋しくないし、

この村もきっと、昔のようにすごく賑やかになるよ」

「ありが……とう」

「なんだよ、泣くなよ」

「泣いてないもん」

「なあ、フェアリーテイルの続きは?」

「忘れちゃった」

「じゃあ今夜はもう眠ろう。

思い出したら、また話してくれよな。

急がなくてもいいよ、俺達、時間はいくらだってあるんだから」

「ねえ、くっつきすぎだわ。狭いってば」

「寒いからだ」

「もう、子供なんだから」

「……おやすみ、シンシア」

「おやすみ、また明日ね」




−FIN−




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