遺志

□遺志
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其の参・襲撃





秋も終わりに近づく頃、木々は落葉と共に幹に冬を越えるための水分を蓄え始め、木工彫刻に最も適した木材が出来あがる。

今年はいつもより多く売って、得た金で彼女に銀製の装身具でも買ってやりたいと密かに考えていた。

無口で無愛想、想いを実直に囁くことが出来ない自分の、せめてもの愛情表現のつもり。

だがまさか、それが裏目に出るなんて。

悔やんでも悔やみきれない後悔が身体じゅうを吹き荒れ、勇者と呼ばれる少年は唇を噛みしめて夜の草原を走った。

前方の背の高い草が荒々しく掻き分けられ、進行方向に倒されて出来た道が直線状に続いている。

犯人にはどうやら足跡を隠すという意思はないらしく、もしかすると自分をおびき寄せるのが目的なのかもしれない。

だがどう見ても残された足跡は人間で、それも大きさから言って男のものだった。

かつて戦い、殲滅した魔族の残党ならともかく、人間に恨みを買う覚えなどない。

それともブランカに通い、木彫りを売る自分の姿は人目につき、いつしか後をつけられるようになっていたのだろうか。

半分天空人である自分の容姿が、色々な意味で非常に目立つことは自覚していて、だから決してマントのフードを外さないようにしていたのだが、

もしも街のごろつきに救世の勇者だと気付かれ、欲深い金儲けにシンシア共々利用されたのだとしたら、剣士としてこれ以上の失態はなかった。

今頃シンシアは、どんな目に遭わされているのか。

こみ上げる不安を振り切り、ただひたすら走っていると、道が突然途絶えた。

勇者の少年は草原の只中で足を止め、注意深く辺りに首を巡らせて、舌打ちした。

(囲まれた)

(……いつのまにだ?気配には十分気をつけていたのに)

自分を中心として、ぎらぎら光る赤い目がぐるりと周囲を取り囲んでいる。

密やかに闇を這う、飢えた獣の目と牙。

唾液の泡を滴らせる黒い影が、唸り声を上げてじりじりと輪を狭めて来ていた。

それは恐ろしい数の狼だった。

旅の間にも、これほどの数の群れを見たことはない。

「頭数を揃えて晩餐の所に悪いが、こっちも急いでるんだ。今夜の飯は諦めて帰れ。

言っとくが俺は、トルネコみたいに美味そうじゃねえぞ」

勇者の少年は腰を低く落として剣の束に手をかけ、すうと息を吸った。

明らかな窮地であるのにむしろ心が静まり、掌の一点に集まった脈が躍動する。


次に動いたら、来る。


剣を引き抜こうとした瞬間、頭上に黒い影が舞い、四方から一斉に飛びかかって来た。
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