コラボ作品の部屋

□キスより甘い恋はゆっくりと。
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春の心地よい風が髪を揺らす午後。

新芽が彩る大地に横たわり欠伸を堪える獣の頭上では恋の歌を奏でる鳥達が己の美声を披露している。

何時ものようにサントハイムの若き神官クリフトの部屋を訪れていたサントハイムの王女アリーナは、恋人でもある神官とのひと時に幸せそうな笑みを浮かべていたものの、午後のひとつ目の鐘の音を聞くや否や表情を憂鬱なものへと変えた。

「二つ目の鐘の音が開始時刻なの」

「…?…何の、です?」

「今日は領主総会なの」

アリーナの溜息交じりのひと言でクリフトは王女の心情を理解する。

領主総会とは、領地を拝領する貴族達が集まり情報交換を行う、月に一度の会合である。領主である貴族の頂点に立つサントハイム王やその後継者であるアリーナにも参加する義務があるのだが、アリーナはこの会合が嫌で堪らない。

情報交換とは名ばかりで、自分達の領地の自慢や他の領地の批判の応酬で終わるこの会の有用性にアリーナは疑問を感じているのだ。

「これも御務めです。きちんと出席し、具に彼等の言葉に耳を傾けねばなりません。ひょっとしたらサントハイムの民が困るような事態が起こっているかも知れませんからね。弱き民の言葉はなかなか此処まで上がる事はありません、彼等を代表する領主達の言葉から汲み取り、政治に生かす事が貴女や王の務めです」

「うん…、そうね」

アリーナは素直に頷く。

「領主総会はサントハイムの領地に生きる民の為にあるんですものね」

「その通りです、姫様」

クリフトは嬉しそうに微笑むと王女の手を取った。

「貴女は聡明な方です、必ず御理解下さると思っておりました」

アリーナは瞳を曇らせ、ゆっくりと頭を横に振る。

「あなたには数段劣るわ。…だからこそ領主総会が嫌い。ううん、怖い。自分の未熟さが民の困窮を見逃しているかも知れないから」

「…姫様」

立ち上がり、廊下へと続く扉へ向かおうとするアリーナの手を引き、クリフトはそのまま抱き締めた。

「……クリフト?」

「大丈夫です、貴女なら。優しい御心を持つ貴女なら民が抱える問題や要求にも気付き、応える事が出来る」

クリフトは僅かに身を離しアリーナの瞳を見つめると悪戯っぽい瞳が輝く笑顔を見せる。

「私の想いに応えて下さったようにね」

「…それはあなただから応えたのよ。別に誰でも良い訳では無いわ」

「それは光栄です」

クリフトはアリーナの頬に掛かる巻き毛を丁寧に青玉ピアスが揺れる耳に掛けた後、姫君の肩に手を添えた。

「それでは暫しの別れの前に先ずは私からの要求に応えて…」

其処でふと言葉を切り、何やら考え込む。アリーナは怪訝な表情で続きを促した。

「何?」

「いいえ、何でもありません。承諾を受けるのは無粋かと」

そう言うや否や、小さく笑みを浮かべながら王女の頬に唇を寄せる。

「?……な、ななな、何を…!」

頬に受けた優しい感触に驚き、それが何かと考え暫しの間を置いた後、首筋まで赤くなる王女の様子をくすくすと笑った後、クリフトは紅玉の瞳を見つめながら優しい声音で囁いた。

「愛しています、アリーナ様。何時でもこのクリフトが御側に居ます、だから安心して己の信じる道を御進みなさい」

そして、微笑みを湛えたまま顔を寄せる。

「それでも不安の余り私が居る事を忘れそうだと仰るのなら、御忘れ無きよう、今一度その瑞々しき頬に…」

「……!…も、もう、結構よ……!」



再び頬に添えられた指と耳を擽る甘い声に動揺したアリーナは怒った様な素振りで身を翻し、逃げるように扉へと駆けた。

指先を扉に掛けたまま逡巡するアリーナの背を見つめながら、クリフトは声を掛ける。

「…姫様?」

振り返り、クリフトをちらりと上目遣いで見上げた王女は躊躇いがちに小さな声で尋ねた。

「……忘れないように…、此処に来た時、時々はさっきの…してくれる?」

「さっきの、とは?」

思わずにやけそうになる顔を澄まし、クリフトが恍けて見せると、

「…し、知らないっ!」

再び顔を赤く染めたアリーナが思いっきり舌を出した。

ばたんと勢い良く締まる扉の音に片目を閉じ肩を竦めたクリフトは笑い声を堪えながら愛用の長椅子に腰掛ける。そして読みかけの本へと手を伸ばしながら独言を吐いた。

「あの調子だと頬以外の口付けは当分お預けだな」





−FIN−

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