コラボ作品の部屋

□思い馳せる空
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澄んだ青が、四角に切り取られる。

昼下がりの眠たげな光が柔らかに落ち、外は穏やか。アリーナの愛猫も、お気に入りの場所ーー天窓の上でお昼寝しているに違いない。

そこから見えるのはこんな小さな青ではなく、彼女が両手をどれほど伸ばしても届かないくらいの空。この背中に羽があったなら、きっと自由に飛んでいくのに。
世界の果てまで、この海の向こうまで。


思い馳せる空


「アリーナ様、ご覧になって。エンドールで今最先端のファッションですって。素敵ですわね」
「え! あ、そ、そうね」

ぼーっと空を眺めていた姫に、同い年くらいの令嬢が話しかけてきた。

(いけない、今はお茶会の最中だったんだわ)

サントハイムの王女アリーナは内心舌をだす。

今日はエンドールから来たという仕立屋が、たくさんのドレスや小物を見せていた。年頃の娘たちが集まれば、それはそれは賑やかな様子であるーーただ一人をのぞいて。

友好国エンドール、その城下町は世界でも有数の大都市である。ひしめきあいながら軒を連ねる仕立屋の中の何軒かが、他の国との交流をほとんど持たないサントハイムに定期的に訪れ、こうして城で即売会のようなことをしている。

パールのたくさんついた付け襟、袖の膨らんだパステルピンクのドレス。
何事も質素なサントハイムでは、貴族たちのドレスも質は良いがどこか野暮ったい。仕立屋が自慢の品を取り出す度に娘たちの歓声が上がった。

しかし姫は興味がない。

真っ直ぐな本心を自身で認めつつ、何となくこの場でそれを言えなくて、誤魔化してお茶を飲む。さらに彼女は果物に手を伸ばした。

「……今エンドールは『コロシアム』という施設を建設しておりまして。
世界各地から多くの人が集まっているものですから、自然、貿易も盛んになっているのでございます。
こちらをご覧ください、コーミズ産のアメジストを使ったネックレスでございます。なんでも、モンバーバラの情熱の踊り子たちはこのアメジストに恋の願いをかけているそうで……」
「ねぇ、コロシアムって?」

仕立屋が発した聞きなれない言葉に、アリーナはようやく興味を惹かれる。宝石は別にいい、とばかりのその様子に仕立屋は若干たじろぐ。

「あ、はぁ、何でも戦いを見せる施設だそうでございますよ」

その返答に、貴族の少女達は嫌悪感を露にした。

「まぁ、嫌だわ! どなたかが傷つくのを見て喜ぶなんて! そんなものより、舞踏会を開いたらいいわ。素敵な殿方にお会いできるように。
ねぇ、アリーナ様?」
「え、あ……」
「仕立屋さん、そのネックレス良く見せてくださいな。
モンバーバラの踊り子の躍りを観るために、世界中から殿方が集まるそうですわ。そんな踊り子達の恋のお守りがあったら、私たちもたくさんの素敵な殿方を魅了することができるかもしれませんわ!」

きゃあ、と沸き上がる歓声。一人を除いて、また室内は喧騒に包まれた。

◇◇

アリーナは遠い地で建設中だという、まだ見ぬ施設を思い描いた。戦いの為の建物なんて、なんてすごいんだろう。そんなのはじめてだ。きっと、世界各地からの腕自慢が興味を持って見守っているに違いない。

ーー退屈な舞踏会より、ずっと面白いに決まってるわ!


「ハッ!」

アリーナの右足が兵士の脇腹に入る。男はその勢いをまともに受け、二、三歩後ろによたよたと後退りすると、へなへなと座り込んだ。

「お、恐ろしい……鎧をつけていなかったら、骨まで折られそうだ!」
「姫様相手には、訓練用の防具じゃ危険だな」

中庭の端でアリーナ姫と兵士の手合わせを見ていた者たちが一様に顔を青ざめさせる。

「思いきり手加減したわよ」

両手を腰にあててニヤリと笑う姫君に、兵士たちはぶるると寒気を覚えた。とんでもない暴れ馬である。ここで怪我でもして業務に支障が出ては大変と、兵士らは一人、また一人そそくさとその場を後にした。男として、兵士としての面目などとうにない。この姫は破格なのだ。

「わ、私どもは仕事が……」
「では姫様、失礼いたします……」

兵士たちが揃って去っていくと、代わりに緑色の法衣に神官帽の青年が拍手をしながら現れた。どうやら姫と兵士の手合わせをずっと見ていたらしい。ニコニコと笑うその顔は少し紅潮している。

「姫様、本当に素晴らしいですね!」
「何よぉ、クリフト。こないだまでは爺と一緒になって、危ないからやめろって言ってたのに!」
「いやぁ……そうなのですが」

神官であり、姫の乳兄妹であるクリフトが恥ずかしそうに笑いながら頭をかいた。

「見ているうちに、姫様の強さや凛々しい後ろ姿にほれぼれ致しまして」
「なーんだ、意外にクリフトも戦いが好きなんじゃない!」
「争いは好きではありませんよ、ただ私は、姫様がとても楽しそうだから……。
イキイキとされる姫様は、本当に素敵ですよ」
「……モンバーバラの踊り子さんよりも?」
「え?」
「何でもないっ」

姫の小さな呟きを、クリフトは聞き逃した。だがアリーナは、わざわざ聞き直さなくても、クリフトが自分の求めている答えを必ずくれると分かっている。
たまに教育係のブライのように口煩いこともあるが、肝心なところではアリーナに寛容なのだ。

アリーナは両手を大きく広げた。中庭から見える空は、部屋から見る四角い空よりは大きいがまだ本来の広さではない。

もっともっと広い空を見たい。部屋の中でつまらない話を聞かされながら空を眺めるのはうんざりだ。舞踏会もドレスもネックレスも男の人も、アリーナの心を捉えることはなかった。ただ、彼女の心を占めるのは「強くなりたい」という思いだけである。


いつかは地平線の彼方まで腕試しの旅をしてみたい。世界にはサントハイムの兵士などよりも屈強な戦士が多くいるはずだ。

アリーナはそう考えると、ワクワクが止まらなくなる。そして居てもたってもいられなくなるのだった。

「よし、クリフト! 私と手合わせしなさい!」
「ぇえ!? わ、私は……」

突然の指名に慌てるクリフトだが、スイッチの入った姫は容赦がない。

「さぁ、行くわよ! ハァッ!!」
「わっ待って姫様……!!」

その後中庭には、姫のかけ声と神官の叫び声が響いたとか、響かなかった、とか。


アリーナ姫、神官クリフト。世界を巡る旅に出る、二年前のお話であるーー。







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